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和牛生産における受精卵移植技術の活用(⑩採卵成績を向上させるためにⅣ)

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2021年4月3日

⑩採卵成績を向上させるために Ⅳ栄養学的因子 その3

 前回のコラムでは採卵成績に影響する栄養学的因子として脂肪酸の給与について触れました。今回は微量元素と採卵成績について触れていきたいと思います。

Ⅳ栄養学的因子 その3
 
④微量元素の給与について

〇微量元素とは
 微量元素という言葉はあまりなじみが無いので、まずは微量元素とは何ぞや、というお話から。
 昔、学生時代の化学の時間にやった「水平リーベー僕の船・・・」の元素記号表に記載されているのが「元素」です。そのうち動物の生命維持に欠かせない元素のことを栄養学的な立場から「ミネラル」と呼びます(有機物に含まれる4元素(炭素、水素、窒素、酸素)は除きます)。そんなミネラルの中でも一日の要求量がmg単位のものを、読んで字のごとく「微量元素」と呼びます。微量元素は微量ミネラル(ミクロミネラル)ともいわれます。単にミネラル、というと一日の要求量が微量でないミネラル(ナトリウム、カリウム、カルシウムなど)を指すことが多いように感じます。ちなみにこの微量でないミネラルのことを主要ミネラル(マクロミネラル)、と呼んだりします。
 ミネラル、という単語をみたときは微量ミネラルの事を指しているのか、その他のミネラルを指しているのか是非とも注意していただきたいところです。

〇ウシの繁殖に重要な必須微量元素

・亜鉛
 松本先生のコラム(肝膿瘍という病気と「動物はちくわなのだ!」のお話 その3)で触れられていますが、子宮内膜の上皮を健全に保つためには亜鉛の適正な給与が必要とされています。また近年、亜鉛単独で抗酸化作用を持っていることが明らかにされ注目されています。

・銅
 分娩後の肥大した子宮をもとの大きさまで修復するのには、コラーゲンなどを材料にして毛細血管を新たに張り巡らせる必要があります(これを血管新生という)。この血管新生の際に働く酵素の生成に銅が必要であることが分かってきました。
 また銅には好中球などの免疫細胞を活性化させる作用があることが分かっています。これらのことから分娩後のスムーズな子宮修復と子宮内の細菌排除に銅の適正な給与が必要であると言えます。

・マンガン
 プロジェステロンやエストロジェンといった性ステロイドホルモンはコレステロールから合成されることを前回のコラムでお話しました。マンガンには、このコレステロールの合成を促進させる作用があることが分かっています。
 また抗酸化作用をもつ酵素(スーパーオキシドジスムターゼ:SOD)はマンガンから作られることから、マンガンの給与は生体が持つ抗酸化作用を増強させると考えられます。

〇無機微量ミネラルと有機微量ミネラル
 飼料中の微量ミネラルの形態は無機微量ミネラルと有機微量ミネラルに分けられます。前者は炭素を含まない化合物と結合したミネラル、後者は炭素を含んだ化合物(アミノ酸、糖など)と結合したミネラルのことを指します。無機微量ミネラルは腸管内で拮抗物質(植物由来のフィチン酸、繊維、混入土壌、鉄分)と結合してしまい、ほとんど利用されることなく体外に排泄されてしまいます。これに対して有機微量ミネラルは前述したような拮抗物質と結合することなく腸管内のアミノ酸輸送体から効率よく吸収することができます。このような理由から微量ミネラルの栄養要求量を満たすためには有機微量ミネラルの形で給与することが大切だと言われています(アミノ酸とミネラルが1対1結合しているものが最も吸収率が良い)。

〇体内採卵と微量元素の関係
 アンガス牛で体内採卵を行い、無投与群、無機ミネラル投与群、有機ミネラル投与群、で成績を比較した米国の論文(Effect of organic or inorganic trace mineral supplementation on follicular response, ovulation, and embryo production in superovulated Angus heifers 2008)では有機ミネラル群において未受精卵数が有意に低かったとの報告があります。しかしこの研究では回収された胚の数に有意差はありませんでした。
 また、他の米国の研究(The effects of injectable trace mineral supplements in donor cows at the initiation of a superovulation protocol in embryo outcomes and pregnancy rates in recipient females.2018)では有機ミネラルの投与によって採卵成績の改善は見られなかったとされ、有機微量ミネラルの投与による体内採卵の成績改善効果は確実ではないようです。

〇体外採卵と微量元素の関係
 2019年の米国の研究(Effect of complexed trace minerals on cumulus-oocyte complex recovery and in vitro embryo production in beef cattle 2019)では有機ミネラル投与区と無機ミネラル投与区に分けてOPU-IVFの成績を評価しています。吸引卵子数と高品質卵子数において有機ミネラル投与群が有意に高い値を示しました。また、移植可能胚数は有意差こそ出ていませんが有機ミネラル投与群で値が高くなる傾向を示しました。

 有機ミネラルの投与で体外採卵では成績が改善されているのに対して、体内胚では大きな効果がなかったとする文献が多かったことが少々意外でした(体内採卵においても良質な卵子が排卵されればその分正常卵率が上がりそうな気がします)。残念ながら微量元素と採卵成績に関して国内でのデータは見つかりませんでした(もしご存知の方がいたら教えてください)。
 僕が体内採卵、OPUしている牛群では普段から有機ミネラル(アベイラ4:ZINPRO)を給与してデータを集めています(今のところ順調のようです)。また蛇足ですが、有機ミネラルを給与している牛群から生まれた子牛は病気をしにくいと感じていることも最後に付け加えておきます(書ききれませんが微量元素は子牛の健康にも大切なんです)。

 以上、微量ミネラルと採卵成績について触れてみました。次回から採卵に効果があると言われているサプリメントについて触れていきたいと思います。
(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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