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ゲストのコラム
和牛生産における受精卵移植技術の活用(⑪酸化ストレスと抗酸化能について)

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2021年5月22日

⑪酸化ストレスと抗酸化能について

 前回のコラムでは微量元素と採卵成績について触れました。採卵用サプリメントのお話に移る前に今回は酸化ストレスと抗酸化能に関して触れてみたいと思います(採卵に効くサプリメントの多くは抗酸化作用に主眼を置いています)。

〇酸化ストレスとは
 呼吸によって取り込まれた酸素は食べたものを燃やしてエネルギー(ATP)を作り出したり、細胞の新陳代謝に利用されるなどして各器官を機能させます。このような酸素を消費する過程でスーパーオキシドと呼ばれる、毒性を持つ化学物質が少量産生されます。この、スーパーオキシドは外部から生体に侵入した微生物をやっつける武器として免疫細胞に利用されている(正の作用)のですが、あろうことか生体自身の細胞をも傷つけてしまいます(負の作用)。

 生体内では酵素の働きによりスーパーオキシドを無害化し自身の細胞を防御しているのですが、一旦無害化されたスーパーオキシドは形を変え、新しい二つの物質に変化します。この二つの物質は過酸化水素および一重項酸素と呼ばれています。このうちの前者、過酸化水素は紫外線や体内の鉄分と反応し、ヒドロキシラジカルと呼ばれる物質に変化します(鉄剤が酸化剤といわれる所以)。これらの化学物質(過酸化水素、一重項酸素、ヒドロキシラジカル)はスーパーオキシドと同じように生体に対する毒性を持っているのですが、中でもヒドロキシラジカルの持つ毒性が最も強く、重要視されています。このようなスーパーオキシドとそれが変化した化学物質のことを総称して活性酸素と呼びます。

 前述したようにスーパーオキシドをはじめとした活性酸素は生体にとって正の作用と負の作用を持ち合わせています。そのため、活性酸素が増えすぎて生体にとって有害にならないよう、適切に活性酸素を打ち消すしくみが生体内に備わっており、正の作用と負の作用のバランスをとっています。しかし、様々な要因(暑熱ストレス、環境ストレスなど)によってこのバランスが崩れ、活性酸素が優位となり生体にとって負の作用が強くなってしまうことがあります。このような活性酸素により引き起こされる、生体にとって有害な作用のことを酸化ストレスと呼びます。

〇酸化ストレスと繁殖機能
 酸化ストレスは卵子、胚発生、卵巣機能にも悪影響を与えることが分かっています。
 順にみていきましょう。酸化ストレスを受けた卵巣では卵子の品質が低下し、受精能の低下を引き起こします(体内採卵では未受精卵の増加につながりますね)。老齢個体では卵子中の活性酸素量が若齢個体のそれと比較して多く、強い酸化ストレスを受けている卵子が多い傾向にあることが分かっています。また、卵子の段階では強い酸化ストレスに暴露されなかった場合でも、受精後の早い段階で強い酸化ストレスが加わると胚染色体中のDNAが障害され、途中で胚の発育(これを卵割という)が停止してしまうことがあります(いわゆる“変性卵”の増える原因の一つです)。胚盤胞期まで発育が進めば比較的酸化ストレスに強いため、暑熱期(=酸化ストレスが高い)の低受胎対策としてしばしばETが利用されています。
 また、黄体期の卵巣は強い酸化ストレスによってプロジェステロンの分泌が抑制されてしまいます。プロジェステロンは妊娠維持に欠かせないホルモンですから、妊娠動物に過度な酸化ストレスを与えることは早産、流産のリスクを高めると言えるでしょう。

〇抗酸化能について
 それでは、酸化ストレスを低減するにはどうしたらよいのでしょうか。第一に、ストレスの原因を取り除くことが重要です(高温、不快な牛床、過密、栄養過不足など)。次のステップとして、生体の抗酸化能を補助してあげることが挙げられます。生体内には活性酸素から体を守るしくみ(抗酸化能)が備わっていることは前述しました。このしくみというのは活性酸素を消去する酵素(抗酸化酵素)と活性酸素の発生や働きを抑制する物質(抗酸化物質)で成り立ち、時に両者が協調して活性酸素に立ち向かっています。抗酸化能を補助するアプローチは以下のように大別して3つが考えられます。

①抗酸化酵素の働きを補助
 酵素が生体内で働くうえで必要な物質のことを補因子(補酵素)と呼びます。主要な抗酸化酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPX)、カタラーゼ(CATe)はそれぞれ補因子として鉄、銅、マンガン、亜鉛(SOD)、セレン、ビタミンB2(GPX)、鉄(CATe)を持っています。よってこれらの物質を適正に給与することで抗酸化酵素の活性を高めることが期待できます。

②生体内の抗酸化物質の働きを補助
 佐々隆文先生のコラムで紹介されているように亜鉛は抗酸化物質であるビタミンAの利用を促進する作用があります。
 また、生体由来の抗酸化物質としてビタミンC(ウシはヒトと違い生体内で合成可能)が挙げられますが、ビタミンE(これ自身も抗酸化物質ですね)を給与すると生体内でビタミンCの利用効率が上がることが分かっています(相乗作用)。

③抗酸化物質そのものを補給
 生体内にて抗酸化作用を示す物質の多くはヒドロキシラジカル(最も酸化力が強い活性酸素)を不活化し水に変化させます。飼料やサプリメントに含有されているものとしてビタミンC、E、βカロテン、エルゴチオネイン(タモギタケ)、ポリフェノール類が挙げられます(ポリフェノール類の中にはカテキン(茶がら)、アントシアニン(ムラサキトウモロコシ)、グラブリジン(甘草)、レスベラトロール(ブドウ粕)といった抗酸化物質が分類されます)。
 このような物質を給与することで最も酸化力の強いヒドロキシラジカルを効果的に除去することが期待できます。

 以上、酸化ストレスと抗酸化能について触れました。次回は抗酸化物質についての各論と具体的な製品名を交えて“採卵に効くサプリ”を取り上げていきたいと思います。
(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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