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和牛生産における受精卵移植技術の活用(⑨採卵成績を向上させるためにⅢ)

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2021年2月20日

⑨採卵成績を向上させるために Ⅲ栄養学的因子 その2

 前回のコラムでは採卵成績に影響する栄養学的因子としてNFCとDIPのバランス、ビタミンAとβカロテンの給与について触れました。今回は脂肪酸の給与と採卵成績について触れていきたいと思います。

Ⅲ栄養学的因子 その2

③脂肪酸の給与について

〇脂肪酸とは
 脂肪酸、といってもイマイチ馴染みのない言葉なので、まずは脂肪酸の解説をします。
 ウシの体の中に存在する脂質は大きくトリグリセリド(中性脂肪)、コレステロール、リン脂質、脂肪酸の4つに分けられます。

 トリグリセリドはグリセリンに三つの脂肪酸が結合したもので血液中の中性脂肪、皮下脂肪、内臓脂肪として存在しています。生体内のエネルギーが枯渇すると動員されてエネルギー源となります。ヒトの健康診断の検査項目にあるのでおなじみの方も多いと思います。
 コレステロールとリン脂質は体中の細胞膜(一つ一つの細胞の一番外側にある膜)を形成する成分になります。また、コレステロールの一部はステロイドホルモンの原料となります。エストロジェンやプロジェステロンはステロイドホルモンに分類されるので体内ではコレステロールから合成されています。
 脂肪酸は生体内で様々な形で存在(主に中性脂肪として、またそれが分解されて血中に放出された状態(遊離脂肪酸)で存在)し、エネルギー源やある種のホルモンの生成源、細胞膜の成分、コレステロールの原料等、生体内で幅広く利用されています。脂肪酸には短鎖脂肪酸、中鎖脂肪酸、長鎖飽和脂肪酸(単に飽和脂肪酸とも)、長鎖不飽和脂肪酸(単に不飽和脂肪酸とも)の四つに分類されますが、今回の主役となるのは不飽和脂肪酸です。
 ウシが体内で合成できず、飼料からの摂取に依存している脂肪酸のことを必須脂肪酸と呼びます。具体的にはリノール酸、リノレン酸などが代表的な必須脂肪酸ですがこれらはすべて不飽和脂肪酸に分類されます。不飽和脂肪酸はほかの脂肪酸に比べて融点が低く、やわらかく流動性が高い(トロトロしている)ことが知られています。この不飽和脂肪酸の中でもリノール酸とα-リノレン酸が最もウシの繁殖性に寄与しているといわれています。

〇回収胚の受胎率や過剰排卵処置の機序に関わる脂肪酸の役割・作用

・エストロジェンの産生増加
 リノール酸などの不飽和脂肪酸を給与すると肝臓や腸で代謝され、その一部からはコレステロールが生成されます。前述したようにコレステロールはステロイドホルモンの主要な原料になっています。卵胞は発育する過程でエストロジェンを分泌し、卵胞の成熟や排卵を誘起するLHサージを引き起こします。リノール酸給与によって十分な量のコレステロールが生成されているウシにおいては、卵胞からのエストロジェン分泌が増加し、より確実なLHサージを起こすことが可能だと考えられています。こういった理由からリノール酸の給与は回収卵数の増加や胚品質の向上に結び付くとされています。

・卵子や胚の細胞膜構造を変化させる
 リノール酸などの不飽和脂肪酸を給与しているウシから採卵された受精卵は凍結に強い(凍結卵の受胎率が高い)と言われています。
 受精卵の細胞膜はリン脂質から構成されていますが、このリン脂質は脂肪酸を主な成分として構成されています。リノール酸を給与されたウシではこの細胞膜を構成するリン脂質の組成に変化を与え、細胞膜の流動性が増加します(前述したようにリノール酸は融点が低く、トロトロであることと関係があるように思います)。細胞膜の流動性が増加すると耐凍剤(エチレングリコールやグリセリンなど)が細胞の内部まで浸透しやすくなり、凍結に強い受精卵になる、ということです。

・プロスタグランジン類の原料となる
 ウシの繁殖においてプロスタグランジンF2αは非常に大切なのはご存じの通りだと思います。PGF2αは生体内において黄体を退行させ発情を誘起する、子宮平滑筋を収縮させる、(卵胞内で生産されたPGF2αは)排卵促進作用を持つ、等多くの生理作用を持っています。
 ウシの体内で生産される(これを内因性と呼ぶ)プロスタグランジンは必須脂肪酸であるリノール酸を前駆体としています。よって内因性のPGF2α産生にはリノール酸の給与が大切になってきます。
 ここで、過剰排卵処置プログラム中には、黄体を退行させ発情を誘起するためのPGF2α投与が既に組み込まれていることから、内因性のPGF2α産生能は採卵成績に関係ないのでは、と思われる方がいるかもしれません。しかし前述したように卵胞内において産生されるPGF2αは排卵促進作用を持っていることから内因性のPGF2α産生能は過剰排卵処置を成功させるうえで無視できない存在だといえるでしょう。

〇実際の脂肪酸給与

 過去の研究では(高橋ら2013)不飽和脂肪酸含有飼料(トマリノール、日清丸紅飼料)を一日300g給与した(過剰排卵処置後の人工授精日までの15~19日間)黒毛和種ドナーにおいて回収胚数と移植可能胚数の両者が有意に増加したとの報告があります(p<0.05)。またこの研究ではこれらの移植可能胚を新鮮卵移植した場合の受胎率、また凍結融解後に移植した場合の受胎率も調べていますが、両方とも対照区と比較して有意に受胎率が上昇したと報告しています(p<0.05)。
(原著:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvms/75/11/75_12-0235/_article/-char/ja/
 トマリノールは嗜好性が悪くなく、一回300gのコストも200円以下とのことなので一度試験してみるのも面白いかもしれません。

 以上、採卵成績と脂肪酸の関係について解説しました。
 次回は微量元素と採卵成績について触れていきたいと思います。
(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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