(有)シェパード[中央家畜診療所]がおくる松本大策のサイト
江頭潤将のコラム
No.21 家畜の改良技術 その18

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2021年2月5日

○性選別精液を利用した受精卵の生産
 受精卵による雌雄産み分け技術で現在メインになっているものは、性選別精液を使用した採卵(胚)による体内胚生産、またはOPU、屠畜卵巣由来卵子の体外受精による体外胚生産です。この手法であれば前回のコラムで紹介したように受精卵を切断する必要がなくダメージもありませんので、できあがった受精卵は通常のものと何ら変わりはありません。コストも精液費用が多くかかるくらいで、通常精液を使用するときと作業量もあまり変わりません。

【採卵での利用】
 採卵とはなんぞや?というのはシェパード笹崎直哉先生のお兄さんである笹崎獣医科医院の笹崎真史先生がとても分かりやすく説明してくださっています(ゲストコラム2020年9月5日~)。こんなに分かりやすいのはなかなかありませんので、僕も農家さん向けの説明用に使いたいくらいです!(笑)。さて、その採卵ですが、ドナー牛に過剰排卵処置というホルモン処置をすることにより、通常1個しか排卵しない卵子をたくさん排卵させます。発情が来たら人工授精をするのですが、このときに性選別精液を使用すると理論的には生産される受精卵の9割が希望する性に偏っていることになります。10個とれたら9個が希望する性の受精卵とは夢のようですね。しかしながら、うまい話ばかりではなくやはり課題もあります。
 まずは利用できる種雄牛が少ないということです。乳牛であれば輸入精液がありますが、黒毛和種ではかなり種類が限られてしまいます。特に人気の種雄牛となるとほぼないのと同じ状況です。
 次に使用するストローの本数です。性選別精液はストロー1本あたりの精子数が少なく、選別の際のダメージもあると考えられるので、通常の採卵のように人工授精すると成績が低下する傾向があります。各都道府県の研究機関で様々な検討がなされていますが、採卵のときは性選別精液を各子宮角深部に1本ずつ注入することが多いようです。さらにそれを2回行う(合計ストロー4本)こともあるようです。
 また、採卵の人工授精で性選別精液を注入する際は深部注入が良いといわれています。通常の注入器で深部注入するのは技術を要します。最近はカテーテル式の深部注入器がよく使われていますので比較的簡単に深部注入することも可能になりました。
 気になる採卵成績ですが、通常の精液と同じように人工授精せずに、上記のように一工夫加えることで、通常精液の場合と遜色ないくらいの成績が得られるようです。恥ずかしながら、私はほとんど和牛の採卵しか行ってこなかったので、性選別精液による採卵の具体的なデータを持っていません。今後実施する機会がありましたら成績もお知らせしていきたいと思っています。

 採卵成績が低下したとしても最終的な希望する性の頭数は同じ?コストは下がる?
 たとえ採卵数が少なかったとしても、希望する性の子牛頭数は変わらないのかもしれません。例えば、移植可能胚が通常採卵で20個(雌50%)、選別精液の採卵で12個(雌90%)だったとしても、受胎率50%で生まれてくる雌子牛は通常精液が5頭、選別精液でも5頭と同じになります。用意するレシピエント牛の頭数や、希望する性の受精卵の1個あたりの生産コストを考えると、多少採卵成績が低下したとしてもやる価値は十分にあると考えます。

【OPUや屠畜卵巣での利用】
 OPUは私の得意分野でもあるのですが、技術内容についての説明は今回は省きます。OPUでも屠畜卵巣でも、一般で黒毛和種性選別精液を体外受精で使用することはできません。営利目的はもちろんですが、何年か前に雌雄産み分け試験をしていたときに研究目的でも使用できませんでした。アメリカの特許なので契約上の制限が厳しいのでしょう。しかし、家畜改良事業団さんでは体外受精でも使うことができますので、Sort90を使用した黒毛和種の受精卵が販売されています。屠畜卵巣からの生産なので登記できない受精卵が主ですが、事前に手続きをすることで登記可能卵の受託生産もされています。

 何れにせよ、これらの受精卵をうまく使うことで経営や改良に与えるメリットはとても大きいと思います。新しい技術がどんどんでてきていますので、様々な技術を組み合わせることもできますし、各農場に適した技術をうまく取り入れていくことが重要になると思います。選択肢が増えるのは良いことですね。

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