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江頭潤将のコラム
No.20 家畜の改良技術 その17

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2021年1月29日

○受精卵(胚)の性判別技術
 前回までは受精する前、すなわち精子の段階での雌雄産み分け技術(性選別)について見てきました。今回は受精卵における雌雄産み分け技術(性判別)を紹介したいと思います。

 受精卵ではXまたはY染色体を持つ精子とX染色体をもつ卵子が受精していますのですでに性は決まっています。あとはその受精卵がXX(雌)なのかXY(雄)なのか調べてあげるといいわけです。何を調べるかというと、受精卵のDNAの中にある雄に特異的な配列を識別します。その結果として反応があれば雄、なければ雌という判定になります。
 検査法としては、PCR法とLAMP法の2つがあります。受精卵から細胞片(5~10細胞程度)を採取(バイオプシー)して、その細胞に含まれるDNAを抽出するところまでは2つとも同じです。正確な判定をするためには10細胞だとDNA量が少ないので、量を増やすための増幅という作業が必要になります。2つの方法の違いはDNA増幅法の違いです。細かい違いの話は省略しますが、あとから開発されたのがLAMP法でPCR法よりも簡単で早く結果が出る方法です。

 受精卵の性判別技術にはいくつかの問題があります。問題の一つがバイオプシーによる受胎率の低下です。細胞を採取するといっても、実際には刃の厚みが0.1㎜というとても小さなブレードで受精卵をスパッと切断します。移植する胚盤胞という段階の受精卵は合計で100個くらいの細胞しかありません。そのうちの10細胞を採取するので全細胞数の10%がなくなってしまいます。また、バイオプシー胚は修復培養といってしばらくインキュベーターの中で培養してあげて回復させる必要もあります。さらに、この技術は変性細胞の割合が少ないAランクの受精卵が適しています。
 このような受精卵のダメージがありますので、新鮮胚移植では影響は少ないとは言われていますが、バイオプシー胚を通常の方法(ダイレクト法)で凍結保存すると受胎率が著しく低下します。やはり、実用化の面では凍結保存が重要となりますので、バイオプシー胚は一般的にガラス化法というよりダメージが少なく受胎率が高くなるような凍結法が選択されます。しかしながら、ガラス化法は手技が煩雑になるので現場ではあまり普及していません(これを改善したガラス化保存胚をダイレクト移植する方法というものもありますが今回は言及しません)。
 
 あとは判別した受精卵を移植するだけですが他にも問題もあります。バイオプシーのダメージによる受胎率低下以外にも、作業が煩雑で手間がかかる、判定不能の受精卵も出てくる、正確な判定には熟練した技術が必要、高いコストがかかる、通常精液だと希望の性を得られる割合が少ないなどなど、まだまだ改善すべきところが盛りだくさんです。
 Aランク胚の割合、性判別の一致率、希望する性である確率、受胎率などいろいろな数値をかけ算をしていくと、コストや手間に見合ったリターンが少ないのが現状です。
 ですので、性選別精液が普及するようになってからは性選別精液を使用した体内・体外胚生産が行われるようになり、バイオプシーによる受精卵の性判別は現在ではあまり実施されることは少ないようです。

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