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和牛生産における受精卵移植技術の活用(①受精卵移植技術の目的)

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2020年9月5日

①受精卵移植技術の目的

 はじめまして、長野県、笹崎獣医科医院の獣医師、笹崎真史と申します。ご縁があり、コラムを執筆することになりましたので受精卵関係の話題を提供したいと思います。

 令和二年現在、日本で飼育されているウシの約99%は人工授精によって生まれたウシです。ところが、黒毛和種に限定すると人工授精(Artificial Insemination、以下AI)によって生まれたウシの数(子牛登記実数)の割合は約90%(平成27年)と、他の品種に比べてやや少なく、残りの約10%は受精卵移植によって生まれています。

 受精卵移植(Embryo Transfer、以下ET)とは優良な雌ウシから受精卵を採取し(これを採卵と呼ぶ)、体外で凍結などの操作を行った後に、別の雌ウシに移植することをいいます(凍結せずに新鮮卵のまま別の雌牛に移植することもあります)。特筆すべき点として一度の採卵で複数個(時には数十個)の受精卵を生産できる点が挙げられます。

 和牛生産において、ETを用いた繁殖技術はどのような利用をされているのでしょうか。和牛生産を行っている経営形態は①和牛繁殖経営と②酪農経営の二種類に分けることができます。そして、ET技術の活用の仕方もこの両者の間で若干異なってきます。

 まず、和牛繁殖経営についてですが、ET技術を取り入れることで、生体販売価格の平均金額を押し上げることができます。これは人気が高い血統構成のウシをより多く生産できるからにほかなりません。また、自家採卵した受精卵を地域の酪農家の乳牛に移植してもらい、濡れ子を買い取ること(これを借り腹生産という)でより多くの販売用子牛を確保することができます。繁殖牛群の改良に関しては高能力母牛の受精卵をより多く移植し、得られた複数の雌産子をゲノミック選抜する、といったことが可能になります。副産物収入が少ない和牛繁殖経営において、自家受精卵の販売は大きな収入源になりえます。

 次に、酪農経営においてですが、黒毛和種受精卵を使用した場合の副産物収入の増加は経済的なインパクトが非常に大きいといえます。また、近年問題となっている双子妊娠に伴うリスクもETを活用することでほぼゼロ(稀に1卵移植からでも双子が生まれる)とすることができます。自家育成を行っている農場では、未経産には乳牛を交配(性選別精液・受精卵を使用)、経産牛には黒毛和種受精卵を積極的に移植していくことで搾乳牛群の改良、副産物収入の最大化という二つの要素を両立することが可能になります。近年では黒毛和種繁殖牛も飼育し、自家採卵することでより経済的に黒毛和種受精卵を移植する酪農場も増えてきました。(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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