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和牛生産における受精卵移植技術の活用(⑤採卵に関する基礎知識)

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2020年10月10日

⑤採卵に関する基礎知識

 前々回のコラムで、「自家採卵を行うことで安価に受精卵を作出できる」旨の説明をしました。今回は自家採卵を行う上で是非知っておきたい採卵についての基礎知識としてメジャーな二つの採卵方法について概説してみたいと思います。

 採卵方法は主に2つあります。ひとつは供卵牛に過剰排卵処置(詳細は後述)を行い、人工授精後、受精卵を子宮から洗い出す方法です。この方法を体内採卵と呼びます。体内採卵は技術者によって採胚、胚回収などと呼称が変わりますが、すべて同じ採卵方法をさします。
 もうひとつの方法は供卵牛の卵巣を穿刺することによって卵子を取り出し(OPU: Ovum Pick Up)その後、培養施設内で体外受精(IVF: In Vitro Fertilization)を行い受精卵を得る方法です。これを体外採卵と呼びます。体外採卵はOPU-IVF(単にOPUとも)、経腟採卵などとも呼ばれます。
 この両者の決定的な違いは採取対象にあります。前者は受精卵を採取しますが後者は卵子(当然ですが未受精)を採取することになります。
 その他に食肉処理後の卵巣や生体から割拠した卵巣から卵子を得る採卵も広義の意味での採卵に含まれますがここでは割愛します。

 2016年のアジアのデータ(99.7%が日本のデータ)ですが体内採卵は約15,000頭実施され、一頭あたり平均7.6卵の使用可能胚を得ています。また2015年の同データではOPU-IVFは約3,000頭実施され、平均して一頭あたり3.0卵の使用可能胚を得ています。

 以下、体内採卵と体外採卵について概説します。

① 体内採卵
 体内採卵は供卵牛にホルモン処置を行うところからスタートします。ウシは通常一つの卵胞しか排卵しませんがFSH(卵胞刺激ホルモン、follicle stimulating hormone)と呼ばれるホルモンを注射することで複数の卵胞を発育、排卵させることができます。このような複数の卵胞を排卵させるホルモン処置を過剰排卵(SOV:superovulation)処置と呼びます。これらの卵胞が排卵するタイミングに合わせてAIを行います。排卵された卵子は卵管膨大部にて受精し卵管峡部を通過しながら卵割を進め、桑実胚や胚盤胞に育ったころ、子宮角先端に到達します。このタイミング(AI後6~7日)に合わせて採卵を行います。バルーンカテーテルと呼ばれる特殊なカテーテルを子宮内に留置し片側子宮角ずつ、還流液を用いて子宮内腔を洗浄します。子宮から排出された還流液の中に受精卵が含まれているので網目の細かいフィルターに還流液を通し、受精卵をトラップします。両子宮角を洗浄後、フィルターから卵子を取りだし、顕微鏡にて使用可能な受精卵を選別し、これを新鮮卵移植または凍結します。

② 体外採卵
 体外採卵は膣に長さ50cmほどの採卵針を挿入し膣壁を介して卵胞を穿刺、吸引することで行います。この操作はウシの体内で行うので実際に目で見て行うことができません。この操作を可視化するためにOPUプローブを用いてエコー画面に卵巣を映しながら行います。OPUプローブとは超音波を出す領域のすぐ隣に採卵針をセットすることができる特殊な探触子です。これを用いると同一画面上に採卵針の先端および標的となる卵胞の両方を同時に描出することができます。術者は片方の手で直腸越しに卵巣を保持し、もう片方の手でOPUプローブと採卵針のセットを操作します。
 体内採卵のようにFSHの注射は必ずしも必要ではなく事前の薬剤処置を全くせずともある程度の採卵成績が望めます。
 吸引された卵子は22時間ほど成熟培養されたのち、体外受精(媒精とも表現される)されます。その後6~8日の発生培養に供された後、新鮮卵移植ないし凍結されます。

 次回は体内採卵と体外採卵を比較してみたいと思います。(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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