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和牛生産における受精卵移植技術の活用(③人工授精と受精卵移植の比較)

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2020年9月19日

③人工授精と受精卵移植の比較

 前回、体内受精卵と体外受精卵を移植可能な時期から比較しました。今回は人工授精(以下AI)と受精卵移植(以下ET)を交配適期、交配費用の二点から比較し、ETの利点についてお話したいと思います。

1.交配適期に関して
 多くの農場においてAIやETは農場外の技術者に依頼することが多いと思います。技術者の多くは団体職員であることが多く、AIやET業務は日中のみの対応となっている場合が殆どです。AIの再適期は約半日と考えられていることから夜間がAI最適期と思われる場合でも、多くの場合その前後の日中にAIを実施します。こういった背景から授精業務にはしばしば時間帯指定の依頼が来ます。具体的には「朝のうちに来て欲しい」や「夕方遅い時間で」といった(獣医師、授精師泣かせの?)依頼です。
 一方でETは移植可能期間が約3日間と幅がありますので農場と技術者の都合で日程調整が可能です。
 ここで少し話題が変わりますが、これから生産年齢の人口減少が進む日本において、技術者の減少がより一層進むと予想されます。今後(残念ながら)離農する農場も増えることが予想されますが、農場が管内各地に点在していることに変わりはありません。技術者の多くは移動時間ばかりが増える非効率な仕事に悩ませられることになるかもしれません。特に非畜産地帯では将来的に授精業務が週休2日となったり、朝の授精希望が夕方対応にずれ込んでしまったりということが往々にして出てくると思います。(一例として、私の住んでいる長野県の産業動物臨床獣医師(大半が授精業務も兼ねる)は過半数が50代以上です。この事実はウシ飼育頭数の減少を考慮しても、近い将来より深刻な獣医師不足に陥ることを示しています。)

 やや暗い論調になりましたが、交配タイミングがシビアなAIにとって変わって、ETを活用することで交配可能期間に幅を持たせることができるようになり、(特に非畜産地帯で)予測される技術者不足にもより柔軟に対応可能になるでしょう。

2.交配費用に関して
 まず技術料に関してですが、AIは私の知りうる範囲では3,000~4,000円/回としている事業所が多いです。また、初回に7000円、以降の再発は一年以内に限り無償、といった「受胎保証制」を導入している地域もあります。やや特殊な例としてそのAIにて出生した子牛が家畜市場で取引された価格の3%(取引価格が600,000円であればその3%である18,000円※使用精液代を含む)を技術料としている地域もあるようです。
 ETは5,000~10,000円とAIに比べて高価となっていますが、これは手技の難易度が高いこと、単回使用の移植器具(1,500円/本のものが主流)を用いることを考慮すると妥当な設定だと言えるでしょう。

 次に凍結精液(受精卵)の価格の話に移ります。
 各一般社団法人や民間の家畜人工授精所から販売されている凍結精液の中で、引き合いの強いものは概ね4,000~10,000円/本の価格で販売されています。また、受精卵に関しては20,000~50,000円で流通しているものが多いです。この中でも体外受精卵は低価格帯、体内受精卵は高価格帯にて取引されています。

 流通している受精卵の価格は凍結精液と比較して非常に高価な印象を受けますが、自身で飼育するウシから採卵することで、より安価に受精卵を得ることができます。採卵成績によっては1卵あたりに掛かる採卵経費が使用した凍結精液1本の価格を下回ることがあります(10,000円/本の凍結精液を用いて採卵し計70,000円の経費で受精卵を14個得た場合、1卵あたりの製造経費は5,000円になり、これは使用した凍結精液の価格を大幅に下回る)。よって、同一種雄牛の産子を得たい場合、自家産の受精卵を用いるのであればETの方がAIより安価に実施できることもあります。

 次回はETの成功率を高めるポイントについて触れていきたいと思います。(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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