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和牛生産における受精卵移植技術の活用(⑥体内採卵と体外採卵の比較)

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2020年11月21日

⑥体内採卵と体外採卵の比較

 前回のコラムで体内採卵と体外採卵について概説しました。今回はこの両者を受精卵の生産効率にフォーカスして比較してみたいと思います。

・体内採卵について
 体内採卵は未経産から実施可能です。未経産牛からの採卵を特にバージンフラッシュ(virgin flush)と呼びます(flushは「洗い流す」という意味であり、体内採卵は受精卵を子宮内から洗い流す操作がメインとなることからこれを表す言葉として慣例的に使用されている、ちなみにカメラのフラッシュはflashである)。採卵成績は経産牛の方が未経産牛よりもよい傾向にありますが、世代間隔の短縮のためにバージンフラッシュはしばしば行われています。何ヶ月齢から実施可能か、という明確な数字はないのですが、直腸検査ができること、子宮頸管にカテーテルが通ることなどを考えると12~14ヶ月齢から実施する場合が多いようです(中には8ヶ月で実施できたという報告もあり!)。体内採卵は子宮疾患、卵巣癒着などの繁殖障害牛、また妊娠牛では実施できません。

 同一産次における連続採卵は過剰排卵(SOV)処置に反応すれば何度も実施可能ですが、一般的に2~3回以上の連続採卵は生産効率が落ちると言われています。これにはSOV処置に使用されるFSH(卵胞刺激ホルモン、follicle stimulating hormone)の性質が影響しています。FSHにはそれを高単位(20-30AU)で反復して投与すると生体内で抗体が産生され、徐々に作用が減弱してしまうという性質があります。FSHはペプチドホルモンに分類されるのですが、このペプチドホルモンには概してこのような性質がみられます(例:hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン、human chorionic gonadotropin)も反復投与で耐性発現がみられる)。再び妊娠、分娩させるとこのホルモンに対する生体の感受性は戻ります。このような理由から体内採卵は同一産次において2~3回までにとどめる場合が多くなっています(例外的に何回連続採卵しても生産性が落ちないウシもいる)。

 また、同一産次における連続採卵は最低1~2ヶ月の間隔を空けて実施します。これは一回目の採卵後SOV処置によって肥大化した卵巣が元に戻り、再度のSOV処置に反応可能になるまでに必要な時間です。前述したFSHに対する耐性発現はSOV処置の間隔が短くなればなるほど強く表れるようです。

・体外採卵について
 体外採卵も未経産から実施可能ですが、子宮頸管の疎通性を考慮しなくてもよいことから体内採卵より若齢から始められます。体外採卵は卵巣が用手保持可能で、ある程度の可動性があれば繁殖障害牛でも実施可能です。また、妊娠牛においても妊娠前期までは卵巣が保持できるので実施可能とされています。

 次に連続採卵に関してですが、体外採卵はFSHの投与をしなくても実施できるため採卵間隔を比較的短くできることが大きな特徴です。FSHを投与する場合でも体内採卵と比較して低用量(5-10AU)のため、耐性発現は弱いです。体外採卵は卵巣及び膣壁を穿刺しますから、穿刺部位が回復次第、次回の採卵が可能になります。一般的にこの間隔を2週間としている技術者が多いようです。
 体内採卵を行う場合、どうしても供卵牛の分娩間隔は延長(連続採卵で顕著)してしまいますが、体外採卵は通常の分娩、交配、受胎といったサイクルを乱さずに行えるため、分娩間隔を延長することはありません。これは極端な例ですが、妊娠させると妊娠中期以降、体外採卵を実施できなくなるため、敢えて妊娠させずに体外産卵を実施し続ける生産者も存在します(分娩させて得られる利益よりも受精卵を採取し続けたほうが経済的に有利であると判断された例)。

 生産効率の面では体外採卵に軍配が上がります。近年、海外では体内採卵にて生産された受精卵の数より体外採卵にて生産された受精卵の数の方が多くなっています。この流れは日本においても同様で、徐々に体外採卵を実施する技術者が増えています。(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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