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ゲストのコラム
和牛生産における受精卵移植技術の活用(⑦採卵成績を向上させるためにⅠ)

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2020年12月26日

⑦採卵成績を向上させるために Ⅰ遺伝的因子

 前回のコラムでは体内採卵と体外採卵を受精卵の生産効率から比較しました。今回から採卵成績を向上させるためのポイントについて触れていきたいと思います。
 採卵成績に影響する要素はⅠ遺伝的因子、Ⅱ供卵牛の栄養状態、Ⅲ環境因子が考えられます(採卵手技や人工授精タイミングも大きな要素となりますがここでは一端割愛します)。順を追って解説していきます。

Ⅰ遺伝的因子
 日本では1980年代初頭から受精卵移植技術の基礎が築かれ、1990年頃から技術普及が進みました。今日に至るまで40年弱、日本中において採卵、移植が行われ、その多くは黒毛和種をドナーとしたものでした。この先人たちの取り組みの過程で採卵成績のよい血統、そうでない血統、また血統が同じでも成績が良い個体、そうでない個体があることが認識され始めました。その違いはどこからもたらされるのか調査した研究者たちによってこの両者には脳の受容体の遺伝子発現に差がみられたり、卵巣から分泌されるホルモンの量に差がみられるということが分かってきました。前者に該当するのが①GRIA1関連遺伝子、後者に該当するのが②抗ミューラー管ホルモンです。

① GRIA1関連遺伝子について
 GRIA1(glutamate receptor ionotropic AMPA 1(単にAMPA1とも呼ばれる))とは脳内の神経伝達物質受容体の一つで、この受容体に発現する遺伝子はG型とA型の二種類が存在します。この遺伝子型は対立遺伝子といって2つでワンセットになっていることから、G/G型、A/G型、A/A型の三種類に分けられます。そしてあらゆるウシはこの三種類のうちいずれか一つの遺伝子型を持っています。
 G型遺伝子は生体内でLH(黄体形成ホルモン、luteinizing hormone)やFSH(卵胞刺激ホルモン、follicle stimulating hormone)の産生量を増加させるという特徴を持っています。しかし、A型遺伝子にはこういったホルモンの増強作用は存在しません。このような理由からG/G型の遺伝子を持つウシは過剰排卵処置によく反応し排卵数が多い傾向にあり、反対にA/A型の遺伝子を持つウシは排卵数が少ない傾向にあるということが分かってきました(A/G型はその中間)。(GRIA1の遺伝子型はLIAJ家畜改良技術研究所にて検査可能)

② 抗ミューラー管ホルモンに関して
 抗ミューラー管ホルモン(Anti-Müllerian Hormone:AMH)(以下AMH)は発育過程の卵胞から分泌されるホルモンで、血中AMH値を測定することで卵巣中に残存している卵子を推定することが可能です。血中AMH値が高いウシは過剰排卵処置によく反応し、採卵成績が良い傾向にあります。(民間検査機関及び獣医系大学にて検査可能)

 採卵用ドナーを選定する際に上記の検査を行うことで採卵を実施せずとも採卵成績の予測が可能となります(GRIA1関連遺伝子がG/G型、かつ血中AMH値が高い個体はより良い採卵成績が望めます)。

 また、採卵成績が良いウシは発情周期を通じて卵巣に発現している小卵胞数が多く、卵巣自体のサイズが大きいことが知られています。臨床現場では卵巣エコー画像で卵胞数を数えることでも採卵成績はある程度予測できると言えるでしょう。

 次に、ドナーの血統構成と採卵成績の話に移ります。ドナーの父、また母の父の種雄牛でおおよその採卵成績が予測出来ることも事実です。具体的な種雄牛名を挙げるとまず、平茂勝の系統はよく採れます(その子である百合茂、勝忠平も然り)。また、金幸、福之国といった一代祖ではあまり見かけなくなった往年の名牛も採卵成績が良い傾向にあります。反対にいまだ和牛繁殖のトップに君臨し続けている安福久はやや成績が良くない印象が強いです。また、鳥取県の平均市場価格を最高レベルに押し上げている白鵬85の3も押しなべて採卵成績は良くありません。

 以上、採卵成績と遺伝的因子について解説しました(体内採卵を想定した文章になりましたが、体内採卵の成績がよいウシは体外採卵の回収卵子数もよいと考えて構いません)。
 次回は採卵成績と栄養状態について触れていきたいと思います。
(つづく)

笹崎獣医科医院
笹崎真史

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