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蓮沼浩のコラム
第434話:魔法の弾丸 その3

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2016年3月3日

 池井戸潤の小説にはまっています。とにかく逆境にぶち当たる中年オヤジに焦点を当てた世界に思わず引き込まれてしまっています。小生はもろ中年オヤジ。やはり何か感じるものがあります。

 さて、夢想家先生ことエールリッヒ先生は選択毒性という概念をもとにひたすら「魔法の弾丸」を探す旅に出ます。最初にターゲットにしたのはトリパノゾーマ。ひたすらこのトリパノゾーマを倒すことのできる色素化合物を見つけるために色々と合成しては実験を繰り返します。何故対象としてトリパノゾーマを選んだかというと、普通の細菌よりも大きくて観察がしやすく、なおかつハツカネズミに投与すると4~5日でネズミが死亡することから効果判定がしやすかったということがあげられます。また、その時期にはマル・ド・カデラスという南アメリカ各地にみられる馬の腰の病気の原因がこのトリパノゾーマが原因で問題となっていたこともあります。
 実験はまあとにかく失敗の連続。ひたすら、ひたすら失敗を繰り返し、500種類以上の色素化合物を試してついにトリパノゾーマだけを殺してネズミは殺さないものを発見します。この色素化合物はトリパン赤(トリパンロート)と名付けられました。まあとにかく根性はすごいものがあります。実験の世界というものは、きっとこうなるはずだという仮説をたて、それに向かって道なき道を進む本当に厳しい世界であると小生は思います。もしも、499個目の色素化合物であきらめていたら人類が抗菌薬という「魔法の弾丸」を手にすることは何十年も遅れていた、もしかしたら手に入れてなかったかもしれません。信念と勇気をもって絶えず考えながら継続することって本当に大切ですね。小生なんて3つぐらいであきらめているかも・・・。
 そして、実はこの世界で初めて選択毒性という概念から作り上げた「魔法の弾丸」をエールリッヒ先生と一緒に作ったのが何と日本の志賀潔博士なのです。
志賀博士というと、1898年に赤痢菌を発見した方というイメージが強いですが、人類にとって最大の贈り物のひとつである抗菌薬の発明に大きくかかわっていたのです。ただ、まだこのトリパンロートはトリパノゾーマを確実に倒すことはできずに副作用も強いし、使っていると効かなくなるという問題もはらんでいました。この時すでに耐性化の問題もでていたのです。

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