2014年5月20日 9、種雄牛造成の担い手は生産者 前回まで、「和牛産地の興亡」について書いてきましたが、別の視点から見ると、種雄牛造成の担い手も大きく変わり、これも産地の興亡に大きな影響を与えていると思います。 国や行政が力を入れて「牛の改良」に取り組む前は、また、人工授精、とりわけ凍結精液が普及する前は、牛の繁殖といえば、雌牛と雄牛を飼育し(自然)交配することでした。 現在の産地で元気のあるところは、県だけでなく民間でも種雄牛を造成し、行政などにとらわれず育種改良に取り組んでいる地域ではないでしょうか? また、乳牛から切り替えた産地で、旧来の和牛界のしがらみのないところではないでしょうか? 全国和牛登録協会は、産地を担う種雄牛の造成について育種牛制度を導入しましたが、実際にはほとんどの産地で、育種牛から次代の種雄牛が造成されるという状況にはなっていません。育種組合が、本当に地域で力のある牛を発掘し、次代の地域を担う牛をどう造成するかよりも、型にはまった地域の特色とやらに制約されては、育種組合員の自由な取り組みが出来ません。 私は、前回のコラムで但馬の前田周助翁や田尻松蔵翁にふれましたが、2014年の現代は、200年前の周助翁や100年前の田尻翁の時代よりもはるかに恵まれているはずなのに、ほんとうに自由に牛の育種改良が出来ているでしょうか? やりたいことが自由にできているでしょうか? (つづく) A5ファーム 日下部俊雄 |