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舞子ぷらずま☆—今牛舎で読みたい本10選—第4回 |
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2013年7月23日
第4選:「ターン」北村薫――「私、あなたの声を、ずっと聞いて来たのです」

夏だ恋だトキメキだっ。ひと夏のアバンチュールにはもう感情移入できない三十路の私が、「プラズマ文庫・夏の恋部門」に入れたいこの1冊。平成9年の直木賞候補作です。
29歳の版画家・真希は交通事故の衝撃から、時空の違う世界へ飛ばされる。そこでは、同じ夏の1日がただ繰り返す、真希ひとりの世界。しかし、150日を過ぎた午後、電話が鳴った。イラストレーターの「泉さん」とのその電話が、現実世界への唯一のつながり。そしてお互いの姿が見えないまま、電話で語り合ううちに、真希は確信する。「私、あなたの声を、ずっと聞いてきたのです」――。
ミステリであり、恋愛小説である本作。「人が生きる時間」という大きなテーマとともに大きな柱となっているのが、真希と泉さんの、お互いの姿が見えないままでの恋愛。心の中でずっと会話をしてきた、考え方や感性がぴったりと合う理想の男性、その人のもとへ真希の電話は繋がっています。でも、それは細い細い繋がりで、真希は彼のいる現実世界へ戻れるかどうかすら分からない。真希のいる世界は永遠の真夏、泉さんの生きる現実はもう冬。深い理解と愛情でしっかりと結ばれるふたりが、違う時空と季節を超えて繋がる様は、とても切なく純粋です。そして結末は…。
女性らしい綾なす心模様をやさしく繊細に描く筆者ですが、実は男性。男性が読んでも女性が読んでも異和感のない、丁寧に紡がれる珠玉の恋愛ミステリです。
「自分だけを愛してくれるから、その人に魅かれるわけじゃないでしょう。その人が、自分以外の何をどのように愛するのか・・・それを知るからこそ相手を愛せるのでしょう?」
「人間は知恵を手に入れ、その代償として死を知らされた。自分が有限のものであると知ってしまった。その最も古い恐怖が私を襲った。
同時に、今、目の前を過ぎゆく一瞬一瞬がたまらなく愛しいものとなった。
……こんなに大事なものを、私はどう扱って来たのだろう」
(つづく)
黒沢牧場 上芝舞子
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