(有)シェパード[中央家畜診療所]がおくる松本大策のサイト
ゲストのコラム
舞子ぷらずま☆—今牛舎で読みたい本10選—第2回

コラム一覧に戻る

2013年7月9日

第2選:「海辺のカフカ」村上春樹――「君は自分で理解しなくちゃならない」

舞子ぷらずま☆—今牛舎で読みたい本10選—第2回

入道雲を見ると読みたくなる「海辺のカフカ」。村上春樹は好き嫌いがはっきり分かれる作家の筆頭ですが、数ある彼の名作のなかでも最もクセがない1冊ではないでしょうか。
長身で寡黙、世界でいちばんタフな15歳になりたい少年が、家を出て長い旅をする物語。若い彼は、途中で様々な事象、人、暴力、喪失、不確かなものに出会います。ジョニーウォーカーと名乗る残虐な悪の化身が登場し、空から魚が降ったりする、抽象的な物語ではありますが、それらは私たちがこのリアルの世界で必ず出会ったことのある「なにか」。胸を裂く喪失感、圧倒的な非寛容と不条理と暴力の前に膝を折ったこと、異世界との境界淵を覗き込んだ日、生きる意味の不確かさ…どれもが今、この世界で私たちが経験していること。それらの比喩として、不思議な物語が混じり合うことなく紡がれてゆきます。その先に素晴らしい解決はありません。しかし紡がれた糸には、心を打つたくさんの金言が織り込まれています。私が「海辺のカフカ」が特別な作品だと思う最大の理由は、誰もがきっと「生きる意味」と「世界の姿」を知る手掛かりとなる叡智の言葉を見つけられる点。好き嫌いはともかく、圧倒的な読後感は保証します。

 「目を閉じちゃいけない。目を閉じても、ものごとはちっとも良くならない。目を閉じて何かが消えるわけじゃないんだ。それどころか、次に目を開けたときにはものごとはもっと悪くなっている。私たちはそういう世界に住んでいるんだよ、ナカタさん」

 「僕がほしいのは外からやってくる力を受けて、それに耐えるための強さです。不公平さや不運や悲しみや誤解や無理解―そういうものごとに静かに耐えていくための強さです」

 「すべての物体は移動の途中にあるんだ。地球も時間も概念も、愛も生命も新年も、正義も悪も、すべてのものごとは液状的で過渡的なものだ。ひとつの場所にひとつのフォルムで留まるものはない。宇宙そのものが巨大なクロネコ宅急便なんだ」

(つづく)

黒沢牧場 上芝舞子

|