2025年10月14日 *********************************************************** ZENは、トウモロコシや麦類そして稲に繁殖するフザリウム属(Fusarium spp.)というカビが産生するマイコトキシン(カビ毒)の一種で、実は「女性ホルモンに似た形」をした、ちょっと厄介な化合物なのです。化学構造がエストロゲン(女性ホルモン)とよく似ているため、体内でホルモン受容体に結合してしまい、本来のホルモンバランスをかく乱してしまいます。つまり、体が「偽の女性ホルモン」に反応してしまうわけです。こうした作用を持つことから、ZENは「ホルモンかく乱物質(内分泌撹乱化学物質)」として知られています。
(写真の出典 牛や豚などの家畜にとって、この作用は非常にやっかいで、卵胞発育の異常、持続黄体、無発情、子宮水腫、外陰部腫脹といった、いわゆる“発情異常”を引き起こすことがあります。特に繁殖牛のホルモンバランスは驚くほど精密に制御されており、外部からZENのような擬似ホルモンが入り込むだけで、そのバランスが簡単に崩れてしまいます。しかも怖いのは、ZENが体内で代謝を受けてα-ゼアラレノール(α-ZEL)やβ-ゼアラレノール(β-ZEL)という代謝産物に変化すること。これらはZENよりも数倍から十数倍強いエストロゲン様作用を示すことが知られており、つまり「弱い偽ホルモンが、体内で強力版に進化してしまう」ことがあるのです。 そして前回のコラムでもお話ししましたが、このカビ毒というものは驚くほど少量で影響が出るものになります。本当に、25メートルプールにたった数ミリの液体を入れた程度の濃度で影響が出る――そんな世界の話なのです。 現場でもZENに汚染された飼料を給与している牛群では、尿から検出されるZENやその代謝産物の濃度が上昇し、同時に受胎率の低下や発情周期の乱れが確認されています。さらに興味深いことに、外見上の症状がまったく出ていなくても、血中のプロゲステロン濃度や卵胞の発育速度が変化しており、いわゆる「サブクリニカル(潜在性)の繁殖障害」として静かに進行しているケースが多いのです。流産がでるなどのわかりやすい状態であればすぐに対応ができるのですが、この“静かな悪影響”こそ、ZENのやっかいなところです。動物種や個体差、栄養状態によって感受性は変わりますが、繁殖周期のごく一部のタイミングでホルモン軸をわずかに狂わせるだけでも、全体の繁殖効率が目に見えない形で低下してしまいます。 たとえば、性成熟した未経産豚にZENを1、5、10ppm含む飼料を15日間給与した実験では、1ppmでは大きな問題はなかったものの、5ppmおよび10ppmでは発情間隔の延長や血中プロゲステロン濃度の変化が認められています。また、牛でも10ppm前後を含む乾草を給与した群で、人工授精後30~90日以内に流産や発情周期に無関係な発情兆候が報告されています。さらに、ZENとドン(DON:デオキシニバレノール)など他のマイコトキシンが同時に存在することで、影響が相乗的に強まることもわかっています。したがって、単に“数値が高い・低い”の問題ではなく、「どれくらいの期間、どの程度のホルモンかく乱刺激を受け続けたか」が重要な指標となるのです。 ZENの恐ろしさは、目に見えない形でホルモン軸を揺さぶり、群全体の繁殖効率をじわじわと低下させていくことにあります。だからこそ、繁殖成績が思わしくないときに「卵巣」「精液」「授精タイミング」といった表面的な要因ばかりを疑っていると、このような“化学的なゆらぎ”を見落としてしまう危険があります。ZENは見えません。しかし、確実にホルモンバランスをかく乱し、静かに繁殖を狂わせる存在であるといえるでしょう。 皮下注射や静脈注射、気管内注射などの仕方も解説しています。わかりやすいようにQRコードを付けてあるので、スマホをかざせば動画も見られますよ。 10月末発売予定。 |