2025年8月5日 *********************************************************** しかし、この「異常な高温乾燥状態」が、すべてにおいてマイナスに働くわけではありません。実は、肉用牛に関しては、高温乾燥状態が安定的に続くことで健康状態がむしろ安定する傾向があるという観察結果があります。以下では、その理由や背景を小生の独断と偏見で掘り下げ、加えて9月以降に予想される病気のリスクと対策について述べてみようと思います。 1 高温乾燥が牛の健康に与える「好影響」 ■ 微生物・害虫の活動抑制 高温が長期間にわたって持続する環境下では、病原性細菌やウイルスの活性が抑制されることが知られています。これは、細菌やウイルスにとって最適な増殖環境が温度25〜35℃、湿度70%以上であるのに対し、極端な高温(35〜40℃)かつ乾燥状態では活動が鈍くなるためです。アメリカなどの高温乾燥地帯では、乳房炎がないという話を聞いたこともあります。気候の影響は思った以上に大きいです。 寄生虫や昆虫のライフサイクルにも影響が見られます。例えば、牛舎周辺で問題となるハエ類(特にイエバエ・クロバエ・サシバエなど)は、35℃を超える高温では幼虫の発育速度が鈍化し、ふ化率も低下します。特にウジ虫の乾燥死や卵の孵化失敗が多くなるため、例年に比べてハエの発生数が減少している農場も見受けられます。 ■ 空気の乾燥による呼吸器リスクの低下 湿度が高くなると、牛舎内の空気中に浮遊する病原菌やアンモニアなどの濃度が高まりやすく、これが呼吸器感染症の引き金になります。しかし、湿度が低い状態ではこれらの物質の凝縮や拡散が抑えられるため、牛の呼吸器への刺激が軽減されるのです。牛にとっては、乾燥した環境が感染リスクを下げる一因となり、全体として健康が安定する傾向が出ています。 2 当然注意が必要な「熱暑ストレス」 もちろん、猛暑がもたらす負の側面も当然無視できません。暑熱ストレス(Heat Stress)は牛の生理機能に大きな影響を与えることで知られています。 ■ 受胎率の低下 暑熱ストレス下では、牛の体温調節機能に負荷がかかり、体内ホルモンバランスが乱れます。これにより、排卵異常、黄体機能不全、受精卵の初期発育停止などが引き起こされ、受胎率が低下することが多く報告されています。往診先の優良繁殖農場の受胎率が猛暑により思いっきり低くなった事例もあります。乳牛はもちろん、黒毛和種も高温に弱く、日中35℃を超える日が連続すると、受胎率が通常期に比べて低下するという研究結果もあります。 ■ 熱中症・食欲不振 高温環境では、牛の体表からの熱放散が追いつかず、体温が上昇しやすくなります。とくに高齢牛や肥育後期牛は代謝が高く、熱の蓄積が大きくなりやすいため、食欲減退、反芻停止、体重減少、ひいては死亡事故も起こり得ます。 3 秋にかけての急変に要注意 最も注意が必要なのは、この安定した猛暑が終わる「秋口」からの急変です。 ■ 気象変動と免疫低下の関係 9月から10月にかけては、朝晩の冷え込みと日中の残暑が交互に来る「寒暖差の大きな時期」となります。これにより、自律神経やホルモンバランスが乱れ、免疫力が低下しやすくなります。特に子牛・育成牛では、呼吸器症候群(Bovine Respiratory Disease Complex:BRDC)の多発時期となるため、予防対策が欠かせません。 4 今から準備しておくべき対策とは? ■ ワクチンとミネラル強化 秋に備えて、呼吸器病などのワクチン接種スケジュールを今のうちから見直しておきましょう。加えて、夏バテで体内の亜鉛、ビタミンA・Eなどの抗酸化ミネラルが消耗している可能性があるため、適切なミネラル補給も重要です。肝機能のサポートも添加剤などでしっかりと行う必要があります。 ■ 環境整備と換気管理 秋の冷え込みと同時に湿度が上がると、カビ毒(マイコトキシン)のリスクも高まります。飼槽や飼料保管庫の清掃と換気管理、カビの混入対策を今のうちから実施しておくことが、後の疾病リスク低減に直結します。 猛暑の夏は、確かに生産現場にとって大きな試練の時期ですが一面的に「悪」であるわけではなく、病原体の静穏期でもあるという側面もあります。今のうちに牛の体調を整え、秋口に備えた予防計画を立てておくことで、この過渡期を乗り越えることができます。 とは言っても、この暑さは尋常ではありません。牛さんだけでなく、人様も健康管理には十分気を付けて乗り越えていきましょう。 |