(有)シェパード[中央家畜診療所]がおくる松本大策のサイト
蓮沼浩のコラム
第780話:EBMとNBM

コラム一覧に戻る

2024年5月21日

****************************************
2025年卒獣医師採用について
(有)シェパード鹿児島本所(鹿児島県阿久根市)、栃木支所(栃木県那須塩原市)ともに獣医師を募集しております。
詳細はこちらをご覧ください。
随時実習も受け入れております(5年生以上対象)。
****************************************
 
日本獣医師会雑誌を読んでいたら、ふとある記事に目がいきました。それは大阪どうぶつ夜間救急センターの渡邊獣医師が書かれた「Evidence Based Medicine (EBM)とNarrative Based Medicine(NBM)」という記事になります。

この記事を読みながら、「うん、うん」と首肯する自分がいました。

小生は獣医師になりたての頃、とにかくEBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医療)を目指して日夜臨床現場でボロ雑巾になりながら診療と勉強にあけくれていました。

当時の獣医療は実戦経験の数がものをいう世界。大学でイノシシの頭蓋骨にノギスをあてて計測していた臨床現場での実践経験ゼロの蓮沼青年。とにかくわからないことだらけ。農家さんには「ヤブ沼獣医師」、「泥沼獣医師」、「獣(10)医ではなくまだ6医」などとお褒めの言葉をゲップが出るくらいたくさんいただきました。

畜主さんと一緒にどうしたものかと二人で思案していると、たまたま通りがかったおばちゃんに「まあ、かわいそう!はやく獣医さんを呼んであげて!!!」と言われたこともあります。あの時は本当にずっこけそうになりました。

だからこそ、小生はEBMに大いにあこがれていました。熱望していました。

教科書を読んでも、現場に応用することが非常に難しかったので、様々な畜産や獣医学に関する雑誌を過去のものから入手できるものを片っ端からチェックしました。そして、興味のあるものをコピーして読みまくりました。それでも現場ではわからないことは山ほどあり、途方に暮れることも頻繁にありました(実は今もありますが・・・)。とにかく今のようにネットなどが発展していなかったため、情報を入手することが滅茶苦茶大変だったのです。

ただ、ある程度経験を積み、診療所の検査体制も充実してくるといろいろなことがわかってきます。気が付くと、少しずつEBMができるようになってきていました。獣医師として自信もついてきます。もちろんこれはプロの臨床獣医師として成長していくために非常に大切なことです。

しかし、実はもう一つ大切なことがあります。

それは何かといいますと、NBM(Narrative Based Medicine:患者さんが語る病を主体ととらえ、それに基づいて組み立てる医療)になります。これは人医療の定義になりますが、NBMの特徴を述べると以下のようになります。以下の文章は記事の抜粋になります。

・患者が自身の人生の物語を語ることを助け、“壊れてしまった物語”をその人が修復することを支援する臨床行為。
・Narrativeとは物語の意であり、個々の患者が語る物語から病の背景を理解し、抱えている問題に対して全人格的なアプローチを試みようという臨床手法。
・患者の語る病の体験という「物語」に耳を傾け、これを尊重すること。
・患者にとっては、科学的な説明だけが唯一の真実ではないことを理解すること。
・患者の語る物語を共有し、そこから新しい物語が創造されることを重視すること。
・NBMはEBMを補完するためのものであり、互いに対立する概念ではない。

獣医療においては、語るのは農家さんであり、獣医療行為をうけるのは牛さんになります。主体が異なりますが、おおいに参考になる点があると考えています。

診療をアッという間に終わらせて「茶飲ん話」ばかりしていました。農家さんの語る物語が大好きだったのです。なんちゃってNBMです。今考えると、小生はEBMが十分に出来なかった分、NBMでカバーしようと必死だったのかもしれません。

ただ、NBMだけに注力してもいけません。かならず、EBMを基礎とした取り組みでなければいけません。ここだけは忘れてはいけません。記事を書かれた渡辺先生も「エビデンスに基づかないナラティブはただの口のうまい獣医療になりかねない。EBMを無視することは、誤解を恐れずに言えばインチキでしかない」と述べています。

しかし、それでも小生はNBMが好きです。それは、NBMを行おうと思う臨床獣医師のその意識の中に、他者に対する思いやりや優しさ、つまり「愛」を感じるからです。綺麗ごとかもしれませんが。

屁のツッパリにもならない田舎の鼻糞獣医師ですが、EBMとNBMのバランスを少しでも良くできるようにこれからも精進したいと思います。
 
 
今週の動画
ウシの汗

|