(有)シェパード[中央家畜診療所]がおくる松本大策のサイト
加地永理奈のコラム
先取り鎮痛

コラム一覧に戻る

2022年4月13日

獣医師が行う治療は、牛にとって痛いことだらけだと思います。痛くない注射を心掛けていますが、注射一本でもごめんねごめんねと言いながら注射しています。ただ注射以外にも、切開したり結紮したりと痛みを伴う処置をしないといけない場合があります。このとき麻酔を併せて行いますが、頭に入れておきたいのが「先取り鎮痛」という考え方です。

先取り鎮痛とは疼痛が発生する前に鎮痛薬を投与することを言い、術後の疼痛防止を目的としています。術中の鎮痛薬投与でも術後の疼痛緩和効果がみられますが、術前から鎮痛を開始した方がより良好な鎮痛効果が得られることから、全身麻酔で完全に眠らせて行うような強い痛みを伴う手術で先取り鎮痛が取り入れられています。牛の治療は現場仕事なので、設備が必要な全身麻酔はあまり実施されませんが、鎮痛薬の効果も即効性には表れないことを踏まえると、術前投与の方が効果的だと思われます。また既に痛みを覚えたところへの鎮痛薬投与では、効きが悪く投与量が増えてしまうこともあるため、やはり先取り鎮痛が効果的となるでしょう。

牛の麻酔・疼痛管理にはキシラジンが多く使用されています。α2アドレナリン受容体作動薬という部類で、麻酔に必要な①鎮静作用、②鎮痛作用、③筋弛緩作用の3つすべてを備えた薬剤です。キシラジンは牛など反芻類で鎮痛作用が強く、他の動物の10分の1で効果が得られます。そして用量依存性に効果が増し、少量投与では立ったままの鎮静鎮痛効果が得られ、増やせば鎮静鎮痛効果は深くなり座り込みます。また拮抗薬のアチパメゾールが存在することも、使用する際の安全性を高めています。これは余談ですがキシラジンと聞くと、学生時代の先輩が酔って寝ている学生を起こすために「アチパメ!」と言って平手打ちをしたことを思い出します。このおかげでキシラジンの拮抗薬はアチパメゾールだという記憶が定着しました。

正直なところ、麻酔処置は事故がつきものと言えるので、鎮静をかけることに恐れがあります。しかし鎮静薬や鎮痛薬を使用するのは、検査や治療をスムーズに行うために必要となる手段です。牛が暴れず、牛も私たちもけがをするリスクが減ります。牛の保定を容易にし、ストレスを減らします。牛がなるべく痛みを覚えることなく治療できるように、先取り鎮痛という考えを念頭に置いて麻酔・疼痛管理を行っていこうと思います。

↓キシラジンを少量投与した牛さん

|