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蓮沼浩のコラム
第692話:ADE(抗体依存性感染増強)

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2022年3月15日

 小生の敬愛する先生の口癖が、どんな状況でも「まあ、粛々とやっていきましょう」です。いろいろあると思いますが、できること、やるべきことを粛々とやる。非常に大切なことだと思います。

 猫伝染性腹膜炎という非常に怖い病気があります。FIP(Feline infectious peritonitis)といいます。実はこのFIPの原因ウイルスはFCoV(Feline coronavirus)になります。そう、コロナウイルスなんですね。mRNAウイルスです。もちろん人様には感染しないのでご安心ください。

 この病気は診断法、治療法、予防法がまだしっかりと確立できていないので小動物臨床の世界ではとても恐れられています。診断は非常に難しく、経過、症状、血液検査結果、レントゲン検査、超音波検査、抗体検査、そしてPCR検査などを用いて複合的に判断していくしかありません。PCR検査だけで一発で「陽性」などと判断はできません。

 小生の学生時代以前からずっと研究が続けられていますが、いまだに有効な対策法を構築することが難しい原因の一つとして、ワクチンの製造が出来ないことになります。その理由の一つがこのADE(Antibody dependent enhancement:抗体依存性感染増強)と呼ばれる現象です。FCovのスパイク蛋白に結合した抗体が感染を予防するのではなく、逆に感染を助長してしまい、症状を悪化させる現象が起きてしまいます。ADE発現によってウイルス産生量だけでなく、TNF-α産生量の増加、T細胞に対するアポトーシスの誘導など、大きく免疫状態を低下させることが問題となります。

 牛さんの世界にも当然コロナウイルスはいます。しかし、ヒト様の世界や小動物の世界とくらべるとまだまだ分からないことだらけのような気がします。豚さんの世界ではPED(Porcine Epidemic Diarrhea:豚流行性下痢)という滅茶苦茶感染力の強い伝染病があり近年日本では非常に恐れられています。ちなみにこれもコロナウイルスです。

 昨年5月に日本医療研究開発機構の研究チームが「新型コロナウイルスの感染を増強する抗体を発見:COVID-19の重症化に関与する可能性」という論文をCellに発表しています。読んでみると、Fc受容体非依存性ではありますがなんだか猫ちゃんの場合と似ています。研究の考察と意義の所にある「感染増強抗体の産生を誘導しないワクチン開発が可能になると期待される」という一文はかなり意味深です。

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