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松本大策のコラム
新生子牛の呼吸が速い

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2022年3月14日

 風が強いので春一番か?と期待したのに全然寒いまま。ロシアもウクライナに侵攻しちゃったし、春は遠いようですね。

 ま、僕たちは自分のできること、やらなくちゃいけないことを精一杯やるしかありません。今回は、「生後すぐから呼吸が速い子牛」についてのお話です。みなさんはご経験ありませんか?

 生後すぐから、熱もないのに呼吸が速い子牛で気になるケースは3つくらいあります。時折見かけるのは「分娩時に産道の圧迫などで肋骨が折れているタイプ」。肋骨の骨折は見た目では解りにくく、入念な触診で解るタイプや死後の解剖検査で初めて解るタイプが多いです。

 2つ目に疑うのは、「貧血」です。子牛は生後1~3週間で生理的貧血になりやすいのですが、時々生後すぐに、すでに貧血になっている子がいます。貧血で、どうして呼吸が速くなるのか?といいますと、肺で取り込んだ酸素を運んでくれる血液中の赤血球の数が少ないと全身へ酸素が十分に運ばれないので、たくさん呼吸して、心拍数もたくさん上昇して、なんとか全身に酸素を運ぶのです。
 このような牛は、眼結膜や口の中の粘膜の色が普通の子牛のようなピンク色ではなく白っぽい感じがしますし、後は血液検査をすればすぐに「貧血」の診断はつきます。しかし、診断はついても原因がすぐに分かるか?というと、母牛の鉄分摂取量が少なかったりしても、子牛に廻る鉄分も不足して鉄欠乏性貧血になりますし、子牛自体の造血能が十分発達していなかったり、レアなケースでは子牛の腎臓が悪くて(腎臓の尿細管間質細胞から出る物質(エリスロポイエチン)が造血を促します)、そのために貧血を起こしていたりと、なかなか根本的な原因に迫ることはできません。中には子牛が死亡した後の解剖で、親に踏まれて肝臓などが破裂して内出血していた、なんてこともあります。
 僕は、貧血がある場合、まずは輸血を500ml程度実施し変化を見るようにしています。これで収まってくれれば、一時的な貧血ということで解決ですが、一時的に貧血が回復しても、すぐの元の状態に戻ってしまうような場合は、やはり内出血を疑います(造血障害であれば、そんなに早く赤血球が少なくなることはないからです)

 3つ目は、肺への循環障害です。胎児の頃は、胎盤を通じてお母さんの血液中の酸素をいただくので、胎児の肺は働いていません。そのため生後の牛さんのように酸素を取り込むための血液を肺に送る必要はないのです。ですから、胎児の心臓には、大人と違う二つのバイパスがあります。
 一つは、肺に血液を送る肺動脈と全身に血液を送る大動脈をつないで、肺に送る分を効率よく全身に送る「動脈管」というもの。もう一つはちょっと説明がややこしいのですが、心臓は4つの部屋に分かれています。全身を巡ってきた汚れた血液は、右心房という待合室に入って右房室弁という逆流防止の弁を通過して右心室から肺動脈へと送り出されて肺に向かいます。肺で酸素を含んだきれいな血液は、肺静脈から左心房に通されて、こちらも逆流防止弁(左房室弁)を通過して左心室に入って大動脈を通って再び全身に送り出されるのです。
 胎児の場合、肺で血液に酸素を取り込む必要がないので、この左右の心房の間の壁に「卵円孔」という穴が開いていて、ここを血液がバイパスするので、全身に効率よく血液を運ぶことができるのです。しかし、生まれたら自分の肺で呼吸して酸素を取り込まなければならないので、卵円孔も動脈管も生後すぐに閉じてしまうのが普通です。しかし、卵円孔閉鎖不全(図1)とか動脈管開存といって、この二つのバイパスが閉じないケースがあります。


図1:卵円孔閉鎖不全の模式図
(榊原記念病院の許諾を得て掲載:https://www.hp.heart.or.jp/pfo

 これでは肺にうまく血液を送ることができないので、全身に酸素をきちんと届けるには、呼吸数も心拍数も早くして少しでも多くの血液に酸素を運ばせなければならないのです。残念ながら、このタイプは予後不良となる確率が高いです。

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