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江頭潤将のコラム
No.4 家畜の改良技術 その4

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2020年10月2日

○人工授精の技術的発展
 現在、技術的には完成していると言われる牛の人工授精ですが、研究が開始されてからどのようにして今のカタチになっていったのでしょう。先のコラムでは牛の人工授精は1950年に本格的に普及が始まったと紹介しました。しかしながら、当初は精液の凍結保存技術は確立されておらず、液状精液が利用されていました。
 種雄牛から採取された精液はそのままでは長時間の保存ができないので、希釈液を加えて低温下に置くことが長期保存のためには重要となります。希釈液を加えることで精液を増量することができますが、それ以外にも精子の栄養源や細胞膜保護などの役割があります。精液の保存には鶏卵の卵黄が有効であることが1940年に発見されました。これにクエン酸、緩衝剤、糖類、抗生物質などが添加されたものが希釈液となります。また、日本ではあまり見かけませんが精子の保護剤として卵黄以外にも牛乳も利用されます。凍結精液で黄色いものは卵黄、白いものは牛乳が希釈液に使われています(鶏卵も牛乳も大量に安く簡単に手に入ることがポイントです)。この希釈液を加えて4℃に冷却することで、7日〜10日程度は体外で精子の受性能を維持することが可能となりました。
 話はそれますが、精液の凍結保存技術が一般的ではなかった時代には伝書バトを使って精液の長距離輸送をしていたそうです。交通の便が悪かった当時では最速の輸送手段が伝書バトだったのでしょう。授精するためにまだかまだかとハトの到着を待つ・・・。何と興味深い光景でしょう!
 そしていよいよ精液の凍結保存技術の発明です!

 凍結保存の始まりはイギリスのPolgeとRowsonがグリセリンの耐凍性を発見したことに端を発します。1952年に国際家畜繁殖学会議(International Congress on Animal Reproduction)において、ドライアイス(-79℃)を用いて凍結保存した牛精液による受胎例が報告されました。これにより10日ほどが限界であった精子の保存期間が飛躍的に延長され、畜産の世界に革命が起きました。この学会に日本から参加されていたのが日本の家畜人工授精研究の第一人者となる西川博士であり、帰国後の西川博士の研究により日本の人工授精が大きく発展していきました。
 ちなみにPolgeとRowsonの研究に関する論文はNatureという学術雑誌に掲載されました。この雑誌は研究者なら誰しもが一度は載せたいと思う一流誌で世界トップクラスの研究が掲載されます。この雑誌に載ったことからもいかに注目度が高い研究であったかが分かります。
 その後、凍結法に関する数多くの研究と改良がなされ、現在でも一般的な液体窒素(-196℃)での保存法が確立されました。-79℃では新鮮精液と比較すると受胎率が数%〜10%程度低下してしまいますが、-196℃だと低下がみられないそうです。具体的な凍結精液の作製法は省略しますが、卵黄クエン酸ソーダ液(卵ク液)に最終的なグリセリンの濃度が6〜8%となるように調整されています。この基本的な組成は何十年も大きな変更なく現在まで広く使用されています。戦後の日本の畜産の発展に及ぼした凍結精液の影響は計り知れず、現代の畜産が形成されたのも凍結精液の功績なのです。

 次に授精法ですが・・・長くなりそうなので次回にします。

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