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ゲストのコラム
「舞子ぷらずま☆—牧場の嫁DAYS— 第9回」

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2009年8月18日

[牛さんとわたし]

都会の子というわけではなかったものの、お嫁に来るまではほとんど生き物に触れたことがなかった嫁舞子。結婚当初は、ペットではなく家畜としてそこにいる牛さんが、なんだか不思議に思われて仕方なかったものです。仲良くなろうと、野菜の外葉を手に放牧地の柵をくぐって侵入したところ、牛さんにぐるっと囲まれ、さらには追いかけられて、本気で泣いたことも今ではいい思い出(笑)。
黒沢牧場にいる牛はホルスタインとジャージー、それから黒毛和牛の3種類。私の独断と偏見で言うと、一番遊んでくれてかわいいのがジャージーの子牛です。牛種的にも先天的に人懐っこい性質があるのではないかと思うくらい、好奇心旺盛ですぐ寄ってきます。見た目も小鹿のバンビみたいですごくかわいいので、来場するお客様にも大人気です。そして女性のお客様の80%は、子牛を見ると「まつげ長くていいなぁ」と言います。本当にみなさん同じことを言うのが面白い。そんな愛され系のジャージーちゃんですが、大きくなると顔が黒くなる子が多く、かわいい度がかなり下がります。どこぞの子役みたい。あんなに人懐っこかった性格も、小さな体でホルスタインの群れの中で生き残っていくためなのか用心深くなり、あまり近寄らせてくれません。というか、成牛になって乳牛群の構成員となった牛さんたちは、嫁舞子のことなんて柵の一部くらいにしか思っていないようで、態度でかいことこの上ない。脱柵した牛さんをホウキ片手に追いかけ回してもトコトコと歩くばかり、私が植えた花をむしって食べ、時々振り返っては「柵がなにやってんの?」と言わんばかりに長い舌を出したりする。威嚇のために「コラっ」と叫んでも完全無視。牧場男性陣が「オイ!」と怒ると、はっとしておとなしく戻るのに!その点、黒毛和牛ちゃんたちは、子牛のときからややおとなしめなものの、成牛になっても比較的穏やかで近寄らせてくれます。黒い目を覗き込むと「どしたの?」という感じでこちらをじーっと見てます。ツノの間の前髪のような毛を七三分けにして遊んだりしてもそんなに怒らない、ちょっと天然な不思議ちゃん。
そんな牛さんと牛飼い一家の関係は、当時新入りの嫁舞子にはとても興味深いものでした。牛さんとはすごく距離が近くて家族同然、いやいやそれとも産業動物と割り切って見ているのかも…など、勝手にハイテンションな想像をしていました。「愛情こめて毎日世話をして、いい肉を作って売る」ことを仕事とするという淡々とした営みが、あまりにもフツウすぎてよくわからなかった。家庭を切り盛りしている日々の生活とずいぶん似ているなぁと、感心したような拍子抜けしたような気分になったことを覚えています。
そんな私ももう牧場の嫁歴6年目。いちいち驚くようなことはもう多くありません。そのぶん、アイスクリームで使ったバナナの皮などを種牛くんにやったり、子牛がうっとりヘブン状態になる「なでなでポイント」を会得したりして、牛さんたちともけっこう仲良くなりました。それと同時にちょっと大げさだけど、「牛さんも人間も、みんなで一緒に生きている」って、すんなり体感できるようになった気がします。

(つづく)
著:黒沢牧場 上芝舞子

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