(有)シェパード[中央家畜診療所]がおくる松本大策のサイト
蓮沼浩のコラム
第885話:牛さんは、ちゃんと応えてくれる

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2026年7月21日

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畜産を取り巻く状況は、決して楽ではありません。

飼料や資材の価格は上がり、人手は不足し、夏の暑さも年々厳しくなっています(本日もクソ暑くて汗だくに小生もなりました)。一生懸命に牛を飼い、休む間もなく働いているのに、経営は赤字になる。
思うような価格で売れない。努力しても、それが収入に結びつかないこともあります。
新聞や統計を見ても、気が滅入るような話ばかりです。

「こんなに頑張っているのに、何のために牛を飼っているのだろう」

そんな気持ちになる日があっても、決して不思議ではありません。小生には、畜産農家の皆さんへ「頑張れば必ず報われます」と簡単に言うことはできません。今の畜産を取り巻く環境は、個々の農家さんの努力だけではどうにもならないほど厳しくなっています。

牛を大切に育てても、飼料価格や市場価格、為替や天候までは思いどおりにできません。真面目に働いている農家さんほど、この理不尽さを強く感じているのではないでしょうか。しかし、小生が農場を巡回していると、暗いことばかりではないことにも気づかされます。前回まで下痢が多かった子牛舎で、今回は元気な子牛たちがこちらを見ている。被毛の悪かった母牛に光沢が戻っている。発育が遅れていた肥育牛が、次の巡回ではひと回り大きくなっている。そんな小さな変化に出会うことがあります。

「蓮沼先生、最近は子牛がすごく調子いいですよ~~~」

農家さんからそう言われると、こちらまでうれしくなります。経営が厳しいからこそ、病気が一頭減ることには大きな意味があります。一頭の子牛が無事に育つこと、一頭の母牛が受胎すること、治療回数が一回減ること、肥育牛が順調に大きく育つ事。それは命を守るだけでなく、農場の損失を少しずつ減らすことにもつながります。

もちろん、何か一つを変えたからといって、すぐにすべてが良くなるわけではありません。飼料を見直し、ワクチンプログラムを考え、牛舎をきれいにし、毎日牛さんを観察する。そうした地道な取り組みの先に、少しずつ結果が表れてきます。牛さんは言葉を話しません。しかし、その姿は多くのことを教えてくれます。

目に力がある。毛艶がよい。しっかり反芻している。餌槽へ向かう足取りが軽い。便の状態がよい。元気に走り回っている。人さまの都合や経済情勢とは関係なく、牛さんは、こちらが行ってきた管理への答えを実に正直に返してくれます。反対に、うまくいっていないときにも、何らかのサインを出しています。

だからこそ、よく見ることが大切です。

数字や検査結果も重要ですが、最後に答えを持っているのは、目の前にいる牛さんです。そして、小生が今の仕事をとても面白いと思う理由も、そこにあります。農場ごとに牛舎も違えば、飼料も違います。そこで働く人も違います。同じ方法を取り入れても、同じ結果になるとは限りません。だから、牛さんを見て、農家さんの話を聞き、その農場で今できることを一緒に考えます。

「次は、これをやってみましょう」

その提案がうまくいき、次の巡回で牛が元気になっていたときの喜びは、何年この仕事を続けても変わりません。先日も、ある農場で子牛たちを眺めながら、以前よりもずいぶん状態がよくなったと感じました。特別な魔法を使ったわけではありません。農家さんが毎日牛を観察し、決めたことを丁寧に続けてくれた結果です。畜産では、大きな成果が突然現れることは、それほど多くありません。

一頭の下痢が減る。
一頭の肺炎を防ぐ。
一頭の子牛が順調に育つ。
一頭の母牛が無事に受胎する。
一頭の肥育牛が高く売れる。
一つ一つは小さな変化に見えるかもしれません。しかし、それが一年、二年と積み重なれば、農場は確実に変わっていきます。

たとえ経営数字がすぐに好転しなくても、今日守った一頭の命や、今日防いだ一つの病気まで無意味になるわけではありません。それは農場が次の日へ進むための、確かな一歩です。厳しい時代には、遠い将来のことを考えるほど、不安が大きくなることがあります。そんなときは、まず目の前の一頭を見てみてください。

昨日より少し元気になっている。
昨日より少し多く餌を食べている。
昨日できなかったことが、今日は一つできている。
その小さな変化は、農家さんが毎日続けてきた仕事が、決して無駄ではなかったことを教えてくれます。苦しいときには、立ち止まってもよいと思います。一人で抱え込まず、家族や仲間、獣医師、飼料会社、関係機関に相談してもよいのです。農場を守ることと同じくらい、そこで働く人の心と身体を守ることも大切です。

大変な時代ではあります。しかし、悲観することばかりでもありません。
牛さんは、こちらが真剣に向き合えば、その分だけ小さな変化を返してくれます。そして、牛が元気になれば、農場で働く人たちの表情にも、少しずつ明るさが戻ってきます。明日の経営がどうなるかは、誰にも断言できません。それでも、今日できることは残されています。

目の前の一頭をよく見ること。
昨日より一つだけ良くすること。
苦しいときには、誰かと知恵を出し合うこと。
その積み重ねが、農場の未来をつないでいきます。

次の巡回では、どんなよい変化に出会えるだろう。厳しい現実から目をそらさず、それでも小さな希望を見落とさないように、今日も小生は牛を見て回っています。偉そうなことを書いていますが、小生も日々悪戦苦闘の連続。ただ、意外と大変な中にも嬉しく、楽しいこともあります。ひとつでもそのような事を見つけることができるととっても楽しくなります。

農家さんと一緒に二人で爆笑する時間が大好きです。そのような時間を糧に、小生も目のまえの事を粛々とやるのみです。

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