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蓮沼浩のコラム
第873話:AIの受胎率

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2026年4月21日

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今の日本の牛さんに対する人工授精の受胎率は、いったいどのくらいなのでしょうか?

繁殖の現場に関わる者であれば、まずここを冷静に押さえておきたいところですよね。今回の受胎率データは、現場で日々なんとなく感じる「つく」「つかない」という感覚を、全国規模の数字として客観化してくれる極めて重要な指標だと小生は思っています。感覚だけで繁殖を語ると、どうしても自分の牧場、自分の地域、自分の成功体験に引っ張られます。しかし全国のデータを見ることで、自分の立ち位置が何となく見えてきます。

今回は、一般社団法人日本家畜人工授精師協会さまが公表している令和5年次の確定値を軸に、日本の人工授精の実態を考えてみたいと思います。令和4年次や令和6年次のデータも実は存在しますが、確定値かどうかわからなかったり、速報値であったりするため、今回はまず令和5年次の確定値に絞って話を進めてみますね。

令和5年次の全国確定値を見ると以下のようになります。

これだけを見ると、最も受胎率が高いのは肉用種×肉用種であり、次いで乳用種×肉用種という順番になります。つまり全国データとしては、「肉用種の精液を用いた授精は比較的高い受胎率を示している」という傾向が浮かび上がってきます。もちろん、ここで単純に「肉用種精液は乳用種精液より優れている」と結論づけるわけではありません。受胎率というものは、精液そのものの差だけではなく、授精対象となる雌牛の状態、発情発見精度、授精タイミング、産次構成、分娩後日数、暑熱環境、飼養管理、などなど様々な条件に強く影響を受けるからです。

今回のデータで小生がまず注目したのは、乳用種×乳用種(通常)と乳用種×乳用種(選別)の差です。選別精液の受胎率は46.7%で、通常精液の45.9%をわずかに上回っています。ひと昔前であれば、選別精液は受胎率が悪いという印象があったのですが、全国規模で見ると、少なくとも令和5年次においては、選別精液が明確に悪いとは言えない数字が出ています。これはちょと驚きでした。

「乳牛の選別精液は受胎率が悪い」という小生の勝手な思い込みでしたね~~~。思い込みは怖いですね~~~。これだけでも、このデータを見てよかったと思いました!

ここにはいくつかの背景が考えられそうです。ひとつは技術の進歩です。精液処理や授精技術の改善が影響しているのかもしれません。もうひとつは、現場での使い方です。選別精液は価格が高いため、誰彼かまわずつけるのではなく、比較的条件の良い若い牛や、繁殖状態の整った個体に狙って使われる可能性があります。つまり、精液の性能そのものだけでなく、「大事に使われている」という運用面の影響も受胎率に反映されている可能性があります。結構ここは大きなポイントかも。

次に、乳用種×肉用種が49.5%と高い数字を示している点も興味深いところです。乳用牛に肉用種精液を交配してF1をつくる流れは全国的に広がっており、黒毛和種精液の活用は酪農経営の収益改善策のひとつとして重要な位置を占めています。その中で約5割という受胎率が出ていることは、単に経済的メリットがあるだけではなく、繁殖技術としても十分現場に定着していることを示しているように思います。しかもこの数字は、乳用種×乳用種(通常)より3.6ポイント、乳用種×乳用種(選別)より2.8ポイント高いです。

最も高かった肉用種×肉用種の53.0%という数字は、肉用牛繁殖の全国的な基準値として非常に重要です。現場では「うちは受胎率が悪いんだよ~~」とか「最近つきが悪いんだよね」という声をよく聞きますが、その評価は全国の標準値と比べて初めて意味を持ちます。53%という数字は、言い換えれば全国平均でも約半分は一回ではついていないということです。つまり、繁殖とは本来それほど簡単なものではない、という現実をこの数字は示しています。小生は繁殖管理は必ず数字で把握することが非常に重要であると常々思っています。成績が良いと豪語していた農家さんのデータを分析して全然よくなくて驚いたこともあります。年間を通じてこの全国平均を上回っている農場は、発情発見、授精タイミング、分娩前後の管理、栄養管理、疾病対策のどこかに強みを持っている可能性が高いかもしれませんね。数字はマジで厳しさを突きつけますが同時に、現場の努力の成果も浮き彫りにしてくれます。

今回のデータ規模についても触れておきたいと思います。乳用牛関連3区分を合計すると798,761頭、肉用牛は332,145頭となります。非常にざっくりとした考え方になりますが、乳牛の搾乳牛頭数を約129万3千頭、肉用牛の子取り用雌牛頭数を約61万1千頭と考えると、今回の調査は乳牛で約62%、肉用牛で約54%程度をカバーしている計算になります。これは全国調査としてはかなり大きい規模です。少なくとも「一部の特殊な農場の数字」ではなく、日本の繁殖現場の実態を相当程度反映したデータと考えてよいでしょう。こうした大規模データがあるからこそ、自分の牧場の数字を全国と比較する意味が生まれます。

とにかく大切なのは、このデータを「他人事の統計」で終わらせないことです。たとえば、自分の牧場の受胎率が肉用種×肉用種で45%なら、全国平均53%との差は8ポイントあります。この8ポイントは単なる数字ではありません。授精回数の増加、空胎日数の延長、分娩間隔の悪化、子牛生産頭数の減少、さらには経営収支の圧迫につながります。逆に全国平均を上回っているのであれば、その農場には何らかの再現性のある成功要因があるはずです。発情発見が上手いのか、分娩後の子宮回復が良いのか、暑熱対策が効いているのか、あるいは疾病のコントロールが優れているのか。受胎率とは、単に精液や授精の問題ではなく、農場全体の管理水準を映し出す鏡でもあります。現場力の総合点でもあります。

今回の全国データから私たちが学ぶべきことは明確です。第一に、肉用種×肉用種の53.0%が現時点での全国的なひとつの基準になること。第二に、乳用種×肉用種は高い受胎率を示しており、酪農現場での活用が十分現実的であること。第三に、選別精液は少なくとも全国データ上では通常精液に劣るとは言えず、運用次第で十分戦えること。そして最後に、受胎率は精液の差だけで決まるものではなく、牛群管理全体の質を反映した数字であるということになります。皆さんの牧場では、この全国値と比べてどのくらいの位置にいるでしょうか。ただ「つく」「つかない」で終わるのではなく、全国の基準と照らし合わせながら、自分の農場の強みと課題を見つけていく。その作業こそが、次の一手を生み出す出発点になるのではないかと思っております。

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