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蓮沼浩のコラム
第852話:甘い香り

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2025年11月18日

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「匂い・臭い(におい)」。

生体情報としての“におい”は極めて重要です。小生も診療の際には、牧場内の臭気や牛さんの体臭を診察の指標として重視しています。しかし今回扱うのは診療ではなく、牛肉における香気成分──すなわち「におい」についてのお話になります。
(ちなみに「匂い」は快い香りに用い、「臭い」は不快なにおいを表現する際に用いられます。どちらでもない場合は、ひらがなで「におい」とするのが一般的です。)

和牛肉には「和牛香(わぎゅうこう)」と呼ばれる特徴的な甘い香りが存在するとされ、その主要因として知られているのがγ-デカラクトン(ガンマ・デカラクトン)になります。この化合物はピーチ様のフルーティーな甘い香りを呈し、和牛特有の芳香を形成する重要な香気成分と考えられています。

ここで、非常に興味深い関連研究があります。ロート製薬が実施した、「若年女性に特有な体臭成分の解析」です。同社は、若い女性の体臭に含まれる甘い香りの原因として、同じくラクトン類(特にγ-ラクトン、γ-ウンデカラクトン)が大きく寄与していることを明らかにしました。これらの成分は10代後半をピークに加齢とともに減少し、体臭の質的変化に深く関与していることが分かっています。
ラクトン類は、ピーチやココナッツのような甘い香調を持つことが特徴で、研究では以下の知見が報告されています。

 1.若年女性に特有の甘い香りはラクトン類が主要因であり、加齢に伴い濃度が低下する。
 2.ラクトンを付香すると、女性らしさ・若々しさ・魅力度の評価が有意に上昇する。
 3.ラクトン含有香料は加齢臭や汗臭などを“マスキング”するだけでなく、混ざり合うことで好香調を持続させる効果がある。

このように、ラクトンはヒトの魅力度と密接に関わる化合物であり、牛肉の香り研究にも応用可能性があるという点が非常に興味深いところです。
さらに、肉用牛業界では太陽油脂株式会社さまの「サンニード50」を飼料に添加した試験では、従来飼料と比較してγ-デカラクトンが約23倍に増加したとの報告があります。また、脂質由来の重たい香りを持つδ-テトラデカラクトンが減少することも分かっています。

すなわち・・・
 •甘い香気(γ-デカラクトン)は増加し、
 •脂のしつこさに関わる成分(δ-テトラデカラクトン)は低減する。

この組み合わせは、牛肉の嗜好性、特に「甘い香り」と「軽やかな脂質感」を両立させる可能性を秘めており、牛肉の官能評価体系に新たな視点をもたらす方向性といえます。
将来的には、ラクトン含有量の高い牛肉を摂取することで、香気成分がヒトの心理にどのような影響を及ぼすのか──そんな研究が進む可能性もあります。もし、こうした香気成分が心地よさや魅力の向上に寄与するのであれば、日本の食文化と健康科学の新たな接点が生まれるかもしれません。

個人的な願望を言えば、多くの女性にラクトンが豊富な牛肉を召し上がっていただき、その結果として女性らしさ・若々しさ・魅力度がさらに高くなってくれたらいいなあ~。
そうなれば、日本の未来が少し明るくなるのでは、と密かに期待しております。

小生自身も牛肉を食べて甘い香りを発してみたいところですが、実際にはニンニクと焼肉の香ばしい「臭い」をまとった、ただの小汚いオッサンが完成するだけかもしれません。間違いなく小生は「匂い」ではなく「臭い」を放ちそうなので、十分注意したいと思います。ちなみに診療車の中も相変わらず強烈で、どこかに腐ったミカンやおにぎりが潜んでいるのは間違いないのですが、いまだ発見できておりません。

牛肉の「甘い香り」研究は、今後ますます注目される分野です。
においは、やはり侮れません!
 
 
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