(有)シェパード[中央家畜診療所]がおくる松本大策のサイト
伏見康生のコラム
「NO.108: 「無角和種のお話(5)」」

コラム一覧に戻る

2010年9月29日

 お話は山口県の在来牛とアバディーン・アンガス種との交配・改良に戻りまして、大正9年畜産試験場中国支場から山口県阿武郡大井村への種雄牛「子雀号」の貸与に続き、大正11年には同郡奈古村、宇田郷村が同支場から種雄牛及び雌牛の払い下げを受けて繁殖に乗り出し、大正12年には須佐町がさらに加わりました。こうしてアバディーン・アンガス種と在来和牛の交配は近隣の町村に広がっていきました。
 そして大正12年、山口県は標準体型の制定を行い、翌13年には登録規定が制定されました。

 と、ここまでは順調に改良・普及が進むのですが、大正15年から昭和のはじめにかけて、一時期無角牛は大きく評判を落としたことがありました。原因は無角牛への誤った悪評が流布したことと、経済界の不況などによるようです。そのため同時期には無角牛の改良、飼養を放棄するものも出始め、これにより改良事業は大きく失速しました。

|