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与えられた山の中で牧場にしようとする場所を選んで、笹を刈り倒しては火入れをし、牧草の種をまいては牛を放す。この作業を繰り返しながら未墾の地を牧場として徐々に切り拓いていきました。今までの開拓は、生活をするためにとにかく汗水たらして開墾し、畑や水田にするのが当然。特に山は、そのままでは役に立たないから、自分たちの都合の良いように機械を使って開墾し畑にしなければならないものだ…というのが常識的な考えでした。 しかし、木に登って目覚めた?斉藤さんはこの常識を打ち破り、自分たちの都合良いように自然を開墾するのではなく、開拓者にとっては大いに邪魔物である笹や野草など自然の仕組みをそのまんま受け入れ、そこに牛さんを共存させてみました。つまり、発想の転換です。その結果として、牛さん達はあるがままの自然を上手に利用し(実は生きるため必死だった?)、石だらけのデコボコした山を見事な牧場に変えてくれました。 モチロン、斉藤さんは自分の山の地形を見ながら、牧場にする場所の選択、火入れの方法や時期、牧草の種の種類、牛を入れるタイミングや頭数などは、その場所の変化の様子を観察しながら決めていったそうです。当然、それまでの失敗も数知れないとの事(前回の写真もその一コマ?)。 そして、「この牧場を作ってくれたのは牛さん達で、自分は一生懸命開拓してくれる彼らのお手伝いをしていただけさ!」ってニコニコしています。あれっ!この言葉ってどっかで聞いた事ありますよね?そうです!以前ここのコラムで紹介させていただいた青森の“りんご名人”木村秋則さんが言っておりました!「私はりんごを作っているのではなくて、リンゴの樹がのびのび育つようにお手伝いをしているんですよ!」って…。
(つづく) |