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蓮沼浩のコラム
第867話:2030年、日本の畜産は夏に受胎させられるのか

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2026年3月10日

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どこをどう考えてみても、中東で起きている出来事が日本に影響しないはずがありません。今はまだ多くの人にとって実感のない話かもしれません。しかし、おそらく日を追うごとに、私たちの周囲の世界は少しずつ、そして確実に変わっていくのだろうと思います。

近年、日本の夏は明らかに変わってきています。真夏日や猛暑日が増加し、気温35℃を超える日も珍しくなくなりました。気象庁のデータを見ても、1990年代以降、日本の平均気温は明確な上昇傾向を示しています。この変化は人間の生活だけではなく、畜産現場にも大きな影響を及ぼしています。その中でも特に深刻なのが繁殖への影響です。

牛の適温はおおよそ5~20℃と言われています。気温が25℃を超える頃から暑熱ストレスの影響が現れ始め、30℃を超えると採食量の低下や乳量低下、さらには繁殖成績の悪化が顕著になります。特に乳牛では体内で大量の熱を産生するため、暑熱の影響を強く受けやすいことが知られています。

繁殖面では、発情の微弱化、無発情排卵、受胎率低下、胚死滅など様々な問題が発生します。特に人工授精においては、発情発見が前提となるため、発情行動が弱くなるだけでも受胎機会は大きく減少してしまいます。実際、多くの牧場で夏季の受胎率低下は明確に確認されています。春や秋には問題なく受胎していた牛群が、7月から9月になると急激に受胎率が低下するという現象は珍しいものではありません。

問題は、この影響が単なる一時的なものではないという点です。もし夏季の受胎率低下が続けば、その影響は約一年後の分娩頭数の減少として現れます。分娩頭数が減れば乳量も減少します。そして翌年の牛群構成にも影響を与えます。つまり、暑熱による繁殖障害は単なる季節問題ではなく、生産構造そのものに影響する問題なのです。

これまで畜産現場では、暑熱対策として送風機、ミスト、遮光、換気改善など様々な設備投資が行われてきました。これらは確かに重要な対策です。しかし、それだけでは完全に暑熱の影響を防ぐことは難しいのが現実です。そこで注目されているのが繁殖技術の活用です。例えば受精卵移植は、受精から初期胚発生の段階を体外または供卵牛体内で経過させた胚を移植するため、暑熱の影響を受けやすい受精初期の段階を回避することができます。そのため、暑熱期には人工授精よりも受胎率が高くなる傾向が報告されています。つまり、これからの繁殖戦略は「暑さに耐える牛を作る」だけではなく、「暑さに対応した繁殖技術を組み合わせる」ことが重要になってくると考えられます。

そしてもう一つ重要な視点があります。それは、繁殖の季節偏重をいかに避けるかという問題です。分娩が集中すれば、生乳生産も季節によって大きく変動します。これは酪農経営にとっても、乳業にとっても大きなリスクになります。だからこそ、夏でも一定の受胎率を確保することが重要なのです。
今後、地球温暖化がさらに進めば、日本の畜産はこれまで経験したことのない暑熱環境に直面する可能性があります。2030年、あるいは2040年の日本の夏は、現在よりさらに厳しいものになっているかもしれません。その時、日本の畜産は夏でも安定して受胎させることができるのでしょうか。これは単なる繁殖技術の問題ではありません。畜舎環境、飼養管理、遺伝改良、繁殖技術、そして国家の政策。これらすべてを組み合わせて初めて解決できる問題なのかもしれません。

これからの畜産にとって、暑熱への対応は避けて通れない課題です。そしてその答えは、「夏でも受胎できる畜産」を作れるかどうかにあるかもしれません。

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