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蓮沼浩のコラム
第866話:敵を知るということ

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2026年3月3日

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国際情勢をみていると様々な思いが去来します。
まあ・・・小生が何か思ってもどうしようもないので、黙ってやるべきことを粛々とやります。

世の中の本質は 
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 
でございます。

先日お邪魔したとある牧場で悩まされていた子牛の下痢の原因がようやく明確になりました。これまで現場では発症牛に対して対症療法を重ねながらも、「いったい何と戦っているのか」がはっきりとしないまま治療を続けている状況でした。

今回、迅速診断キットを用いて検査を実施したところ、原因はロタウイルスおよびクリプトスポリジウムであることが判明しました。

ロタウイルスは主に若齢子牛に急性水様性下痢を引き起こす代表的ウイルスです。一方、クリプトスポリジウムは原虫であり、環境中での抵抗性が強く、一般的な消毒では完全に制御できない厄介な存在です。治療アプローチも、環境対策も、発生パターンも、この二者は異なります。つまり、「下痢」という同じ症状であっても、相手が誰なのかによって戦略は変わります。

それまでは、抗菌剤、補液、整腸剤といった一般的対応を行っていました。しかし、ウイルスや原虫が主体であれば、抗菌剤の効果は限定的です。むしろ重要なのは、
・初乳管理の徹底
・分娩舎・哺育舎の衛生管理強化
・乾燥環境の維持
・感染経路推定
・牛床交換頻度の見直し
といった、発生構造に踏み込んだ対策になります。

ここで小生、ふと思い出しました。古典中の古典、孫子に記された一節です。

「彼を知り己を知れば百戦して危うからず」

敵を知らずに戦うことほど危険なことはありません。今回のケースはまさにそれでした。原因が分からない状態での治療は、いわば暗闇の中で剣を振り回しているようなものです。たまたま当たることはあっても、戦略的勝利にはなりません。しかし、相手がロタとクリプトと分かった瞬間、戦い方は一変します。ロタ主体であればワクチン戦略からの初乳抗体管理が軸になります。クリプト主体であれば環境衛生・敷料管理・隔離動線の徹底が最重要になります。ここで初めて「攻め」と「守り」のバランスがとれます。

小生たちのような獣医師の役割は単に薬を選ぶことではありません。現場で起きている現象を構造として捉え、相手を特定し、再現性のある対策に落とし込むことにあります。

再現性のある対策。これ、ホント重要。

疾病の増加は日増体量の低下、治療コストの増加、事故率上昇、労力負担の増大に間違いなく直結していきます。これらは静かに、そして確実に経営を蝕みます。

「まず調べる。」

この一手間が牧場の未来を変えることがあります。今回の件で改めて感じたのは、調べることの重要性。そして、さらに重要なのは原因が見えた瞬間に現場の空気が変わるという事実。敵を知る。それは恐怖を減らし、迷いを減らし、無駄を減らします。そして何より、牧場に確信をもたらします。ここも滅茶苦茶大切なポイントです。

幽霊の 正体見たり 枯れ尾花(横井也有)

まさにこんな感じですかね(笑)。

百戦危うからず。子牛の下痢ひとつをとっても、この言葉は決して大げさではありません。戦略なき治療から、戦略ある管理へ。今回の事例は、その転換点であったと感じています。
 
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